和田有一朗 (日本維新の会)

2024年12月18日・第216回国会 衆議院 外務委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 134 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 208 発言)

日本維新の会の和田有一朗でございます。

岩屋大臣に質問していくんですけれども、私、前期、最初から外務委員会におらせていただきまして、最初の林さん、上川さん、三人目の大臣ということになります。同じことを繰り返すことになってくるんですが、その前の太さんと結構ダブっておりまして、それでも言うべき必要なことはお聞きしようと思いますので、聞かせていただきたいと思います。

最初は軟らかなことから聞こうと思います。予算の関係です。JICAの予算のことを聞こうと思うんです。

JICAの予算が昨年減りました。これは大変な問題だと思います。やはり我が国が海外に対してプレゼンスを高めていくために、我が国の外交を進めていくためには好感度を上げたり、いろいろな形で必要な作業です。

そのことにまず先立って、私も実は学生時代から薫陶を受けた方がおられます。末次一郎という人物でございます。末次一郎さんという方は、さんと言うとお叱りを受けますね、先生は鬼籍に入ってもう時間がたつんですけれども、民間外交を進められた方で、そして、民間外交といっても、特に日本の戦後問題を処理をしていく、沖縄復帰をする、そして北方領土の返還をするということに人生を懸けられた方でございました。

その中に、私は学生時代に薫陶を受けましたし、岩屋大臣も随分と薫陶を受けられましたし、前期、ここに座って随分と厳しい質疑を、私も後で対中問題をやりますけれども、前の大臣に随分聞かれた松原仁代議士もそうですし、今愛媛の知事をやっている中村時広さんもそうですし、皆さん末次先生の薫陶を受けました。

末次先生は、沖縄返還のときに、民間人として三人、外務省のお手伝いをした方がいる、早稲田の大浜先生、外交官の若泉さん、それから末次先生、この三人で外務省のできないことをやって、沖縄返還をやった、それが終わった後は、モスクワのクレムリンのプリマコフとのカウンターになって、外務省のできない仕事をやられた。さらに、その中で、ほかにやったことが、JICAの創設の、創設まではいきませんが、生みの親になったと言われています。

実は、この門下生、末次先生の薫陶を受けた人間は門下生と我々は言うんですが、末次先生の銅像が、今、沖縄の那覇のJICAセンターに建っていて、これを掃除に、毎年、一年に一回行く。それが終わったら、後で勉強会をする。

今年のときに岩屋大臣にメッセージをいただいた。その中に書いておられます。末次先生が生みの親と言われるJICA協力隊について、六十年を来年は迎える、それをしっかりと私も応援していきたい、先生の思いを大事に引き継ぎながら、協力隊活動を一層支援したい、このように、実は大臣にメッセージをいただいたんですね。

そういう前提に立って、JICAの予算が非常に厳しい。来年度に向けてどのようにお考えかをお聞かせください。

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