大臣、丁寧な答弁ありがとうございます。是非とも今年こそは動かしていただきたい、このことを切にお願いいたします。
茂木大臣、歴史をつくればまた次のステージがあると思いますので、期待していますので、是非とも頑張っていただきたい、こう思います。
黄川田大臣、お待たせしました。大臣にお尋ねいたします。
大臣、アイヌ民族は日本の先住民族である、この認識でよろしいでしょうか。
2026年4月24日・第221回国会 参議院 沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 15 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 145 発言)
大臣、丁寧な答弁ありがとうございます。是非とも今年こそは動かしていただきたい、このことを切にお願いいたします。
茂木大臣、歴史をつくればまた次のステージがあると思いますので、期待していますので、是非とも頑張っていただきたい、こう思います。
黄川田大臣、お待たせしました。大臣にお尋ねいたします。
大臣、アイヌ民族は日本の先住民族である、この認識でよろしいでしょうか。
確かに今、二月二十八日以降、イラン情勢、これをめぐってホルムズ海峡は実質的に通過できないと。こういった中で、原油の九二%、これをホルムズ海峡を通過するタンカーに依存する日本にとりまして、すぐにはなかなか、明日あさってにこのホルムズ海峡が安全な航行に戻ると、一日も早くそうしたいとは思っておりますけど、中でですね、エネルギー資源の多角化を図っていくと、こういったことは極めて重要だと思っておりまして、例えば、あのサハリン2につきましては様々な意見ありますけれど、日本としてもあそこに権益を持っているわけでありまして、その権益を手放したらその権益を取るのはどこなの…
今大臣からよく検討したいというお話ありましたけれども、逆にぐっと進めていただきたいと思います。 サハリン1、2があって、今1が止まっていますけれども、2はまだ生きていますから、約一割近いガスは今、日本に入ってきているわけでありますから、これは私はロシアに感謝しなければいけないと、こう思っていますね。同時に、サハリンから北海道の石狩新港、あるいは秋田、富山、新潟、石川、福井、もう半日で来るわけですから、三週間、一か月掛けて中東から運ぶよりはずっとリスクも少なければ時間的にも早いわけですから、もうここは是非とも、大臣、アメリカが理解してくれている話でありま…
先月、日米首脳会談に同席したときも、おお、タフなやつがまた来たなと、そんなふうに私は言われましたけど、トランプ大統領から。 確かにバイデン政権との政策というのは変わっているんだと、このように感じておりますけれど、ロシアによりますクリミア半島に侵略の際も、日本の制裁、あれ見てみますと、ヨーロッパ諸国と比べると非常に、何というか、緩和的な、抑制的なものであったのは間違いないと考えております。 今も、じゃ、同等であるかというと、必ずしも同等ではない部分もあると考えておりますけれど、このロシアとウクライナの停戦、最終的な合意がなされる、そのための努力、トラン…
大臣、丁寧な答弁ありがとうございます。是非とも今年こそは動かしていただきたい、このことを切にお願いいたします。
茂木大臣、歴史をつくればまた次のステージがあると思いますので、期待していますので、是非とも頑張っていただきたい、こう思います。
黄川田大臣、お待たせしました。大臣にお尋ねいたします。
大臣、アイヌ民族は日本の先住民族である、この認識でよろしいでしょうか。
アイヌ政策については、所管の委員会は内閣委員会であると理解しておりますが、提出された資料によりますと私のコメントに対する質問と理解しましたので、お答えさせていただきたいと思います。
端的にお答えします。アイヌ施策推進法において、アイヌの人々が日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であるとの認識、この認識に変わりはございません。
大臣、これも心して是非とも取り組んでほしいと思いますが、アイヌ民族は日本の先住民族と衆参の両院で国会決議されています。そして、とりわけ北海道、東日本における先住民族だと、こういうことも言われています。 委員長と今日ここにいる委員の皆さんにお願いしたいんですが、今、いみじくも大臣は、所管は内閣委員会と言われました。官房長官がアイヌ担当だったんです。だから内閣委員会だったんです。ここは皆様にもしっかり認識してもらって、私は、沖縄北方担当大臣が今アイヌ政策の担当なんです、ならば、委員長、是非とも理事会でも諮って、これは、本来はアイヌ問題は沖縄北方委員会で扱う…
立憲民主党の徳永エリでございます。今日はどうぞよろしくお願い申し上げます。 沖縄宜野湾市に行って、高台から見ますと、もう周りは民間の住宅、学校、病院、そして商業施設ですよ。市街地の中心に位置している、世界で最も危険な飛行場と称される米軍普天間飛行場の全面返還に日米政府が合意してからこの四月十二日で三十年となりましたけれども、いまだ返還が実現いたしておりません。 一九五九年、十七人が死亡した宮森小学校米軍機墜落事故、二〇〇四年の沖縄国際大学のヘリ墜落事故など、いつまた事故が起きるかもしれない、住民の方々は大変に不安な気持ちでおられます。その気持ちがずう…