鬼木誠 (立憲民主党)

2026年6月17日・第221回国会 参議院 資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 24 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 149 発言)

立憲民主・無所属の鬼木誠でございます。今日もよろしくお願い申し上げます。

今日は、福島第一原発の廃炉進捗の状況、そして現状課題を中心に御質問をさせていただきたいというふうに思いますけれども、その前に一つ、今、宮本委員の方からも原子力人材の関係についての御指摘ございました。四月の当調査会の対政府質疑においても、人材の確保、育成という観点から幾人の方からか御指摘が、あるいはいわゆるノーリターンルールについての見直しの必要性等の指摘がされたところでございます。十四日付けの朝日新聞に、政府がこのノーリターンルールについて見直しをしていく、あるいはそういう動きがあるということが報道をされているところです。

申し上げましたように、私自身も廃炉をするにしても原子力人材の不足というのが大変重要な課題になっているという認識は持っておりますし、大変厳しい人材育成という現状の中で、その確保をどう図っていくのかということ、その課題と向き合うときにこのノーリターンルールというのは避けては通れない課題であろうというふうには捉えています。

ただ、原則的な物言いになるかもしれませんけれども、なぜこのルールが設けられたのかという原点に立ち返るときに、規制と推進をやっぱり明確に分離する必要があるんだという問題意識、この問題意識の大きさもまた認識をしておかなければならないのではないかというふうにも思っています。

四月の調査会においては、山中委員長の方からも、やっぱり規制庁としても積極的な議論が必要ではないかというような御答弁がなされたものというふうに理解をしているところでございますけれども、私自身は、人材育成、そして人材の確保という観点から様々な議論を行っていく、あらゆる手段を全て議論、実践をした上で、それでもなお有効な手だてが見付からないときの最後の最後の手段として議論の俎上に上げる、それがこのノーリターンルールではないかというふうにも捉えています。

決して安易な議論をなさるつもりはないというふうに思いますけれども、政府、規制委員会においても安易な議論につながることのないようなこと、そのことを是非お願いをしておきたいというふうに思います。

それでは、質問に入らさせていただきます。

三月の十一日、山中委員長が規制庁職員に行った訓示を拝見をいたしました。三月十一日を原子力規制組織に身を置く者として原点を確認する日とした上で、十五年前のあの日、私たちは、かつてこの国を覆っていた安全神話が音を立てて崩壊し、科学技術への過信がどのような惨禍を招くか、冷厳な事実を突き付けられました、私たちはあのとき何を誓ったのか、それを問い直すのがこの日ですというふうに語っておられます。続けて、中部電力の事案に触れて、不具合な真実を覆い隠そうとする沈黙は、組織を内部から腐らせ、やがては取り返しの付かない事故の火種になると、どっかのトップに聞かせてやりたいような言葉でございますけれども、そのようなこともおっしゃった。あの日の誓いを単なる儀式に終わらせてはなりません、私たちは、自らの内側にある病理を自らのメスで切り裂く覚悟を持たなければなりませんというふうに続けていらっしゃる。

本当は全部読み上げたいぐらい僕感動したんですけど、長くなるのでこれ以上は引用しませんけれども、僕は全文を通じて、規制委員会委員長としての覚悟なり決意、あるいは構えというものが十分に語られているというふうに感じましたし、職員の皆さんがどれだけ苦労をしているかというその苦労をねぎらいつつ、更に鼓舞をするというような中身の訓示ではなかったかというふうに思っています。

是非、訓示ですから、恐らく全ての職員の皆さんお聞きになっているというふうに思います。この十一日という特別な日に語られたことを、それぞれの規制庁の職員の皆さんがずっと肝に銘じながら職務に当たられることを祈念をいたしますし、是非、山中委員長にはそのトップを走っていただきたいというふうに思っています。

聞きたいのは、この訓示じゃなくて、この訓示の後に記者会見されているんですね。この記者会見の中で、事故から十五年たって、中部電力の大きな不正を含めて、事業者の安全あるいはセキュリティーに対する取組方というのが少し劣化をしているんではないかというような御認識を示されている。この委員長の問題意識について少し詳しくお聞かせをいただければと思います。

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