泉房穂 (立憲民主党)

2026年4月16日・第221回国会 参議院 法務委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 37 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 150 発言)

次のちょっと問題意識に行くんですけど、私、これ二〇〇一年に最初の法律ができ、一回目の改正は二〇〇四年、私、当時衆議院の法務委員会の委員におりました。その当時からの問題意識なんですが、これ、用語がよくないとずっと思っているんです。

危険運転というと、それは交通、まさに死傷を伴うような事故が起こった被害者遺族には危険に決まっていますがな。それを危険じゃないと言われると、うちの家族が命を失っているのにその当該行為が危険でないと言われると納得するわけもなくて、やっぱり用語の使い方が、危険運転、危険運転の用語が独り歩きしちゃうと、それ以外は危険運転でないというように勘違いされるので、私は、今回間に合わないでしょうけど、何度も法改正なさっておられますから、何かもう少しそれに適したような用語を考えていただきたいと思うんです。

例えば、アメリカの場合には無謀運転という用語を恐らく日本語で訳すと使っておられると思いますし、身勝手運転とかいう言葉もイギリスではあるようですし、日本語に訳すとですよ。

だから、やっぱりその危険運転という、危険という二文字が何か実態と即していないというか、多くの者からすると、それはもう事故が起こってすごい結果が生じたらそれはもう危険運転に決まっとると思うのは当然で、今回の数値基準を設けたとしても、当てはまらない場合には恐らく同様の、どうして私の家族が亡くなっているのに危険運転致死傷罪で処罰されないんだという論点は残り続けるのかなということを懸念しますが、この用語の問題どのように理解されておられますか。

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