小谷賢日本大学危機管理学部教授

2026年5月19日・第221回国会 参議院 内閣委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 4 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 94 発言)

皆様、おはようございます。日本大学危機管理学部の小谷賢と申します。

本日は、本委員会におきまして、参考人として意見を申し上げる機会を頂戴しましたこと、心より感謝申し上げます。

本日は、国家情報会議設置法案に賛成の立場から所見を述べさせていただきます。

私は、これまで防衛省の研究機関や大学において、日本を含む各国のインテリジェンスの制度や歴史を研究してまいりました。本日は、そのような研究に基づいた知見からコメントをさせていただけますと幸いに存じます。ちなみに、本法案内ではインテリジェンスという用語が重要情報活動と表記されておりますが、私自身、余りなじみのない用語でありますので、私の所見内ではインテリジェンスと表現させていただきますことを御容赦ください。

まず、なぜ本法案に賛成なのかという話でありますけれども、日本は、直面している国際環境の厳しさは言うまでもなく、更なる問題は、冷戦期のように、日本政府は、安全保障からインテリジェンスまで全てを同盟国であるアメリカに頼れなくなってきているという現状があります。

内閣情報調査室の前身である内閣総理大臣官房調査室が創設されましたのは一九五二年の話ですが、当時の吉田茂総理と緒方竹虎官房長官は、同室をアメリカの中央情報庁、CIAのような総合的で中央集権的な組織を構想されていたと言われております。ところが、当時の報道機関や世論がこれに一斉に反対したため、同室は、予算や人員、権限をほとんど与えられないまま七十年以上が経過したことになります。ただ、冷戦期には、日本は外交安全保障政策の決定のためにインテリジェンスを必要としてきませんでしたので、大きな問題とはなりませんでした。ところが、冷戦後、日本政府は、外交安全保障の分野のみならず、危機管理等の様々な分野でインテリジェンスの欠如によって対処がうまくいかなかったケースが散見されるようになります。それらは、例えば一九九八年の北朝鮮によるテポドンミサイル発射事案でありますとか、二〇一〇年代に海外で邦人がテロ組織に誘拐、殺害されるといった事案であります。

これまで日本政府はアメリカの情報提供に大きく頼ってきた経緯がありますが、アメリカにとってもインテリジェンスは機密であり、同盟国とはいえ、それを全て共有してくれるわけではありません。また、アメリカとの外交安全保障の方針が一致しない場合も、先方からの情報提供は期待できません。そうなりますと、我が国は、様々な状況を想定し、自ら情報を収集、分析、活用できるような体制を整えておく必要があると考えております。例えば、アメリカの偵察衛星の画像情報については、必ずしも日本が必要とした情報が提供されてきませんでしたので、日本も国産の情報収集衛星を打ち上げることになった次第であります。

なぜ内閣官房に国家情報会議と国家情報局を設置するのかという理由については、三点挙げさせていただきたく存じます。まずは政治主導によるインテリジェンスサイクルの確立、政府の情報活動に対する監督権限の強化、そして内閣官房への情報集約力の向上にあると考えております。

一点目のインテリジェンスサイクルの運用については、戦前からの課題でもあります。本日、皆様にお配りしましたこの資料にインテリジェンスサイクルの概念図が書かれておりますので、こちらを御参照ください。

インテリジェンスサイクルとは、政策決定者が政策判断を行う際に、インテリジェンス部門に情報要求を出し、それを受けて、情報組織は情報収集、分析、評価を行い、加工済みの情報を政策決定者に提供するものであります。

昭和戦前期の日本政府や軍部においては、インテリジェンスは非常に軽視されました。これは、作戦重視、情報軽視という言葉が残っていますように、まずは政策や作戦ありきで、情報は付け足し程度の認識でありました。例えれば、あした大雨が降るという天気予報を見ておきながら、以前から計画していたキャンプを強行するようなものであります。

他方、戦後は、情報よりも閣議でのコンセンサスが重視されるようになりました。つまりは、インテリジェンス情報よりもコンセンサスのための根回しが重要になってくると考えられます。そのため、戦後長らく、総理から時の内閣情報官に対する情報要求は極めて低調であったというふうに伺っております。

イギリスなどではこのような状況を回避するために、戦時にはいわゆる戦時内閣を設置し、そこにインテリジェンスも集約して首相とごく少数の閣僚で迅速な意思決定を図るわけでありますが、これは現在では、国家安全保障会議として、我が国を含む各国で運用されているものです。

今回の国家情報会議でも、国家安全保障会議と同様に、参加する閣僚を制限し、さらには国家安全保障会議と並行的に開催されることで意思決定を円滑に進めようという方針だと理解しております。

また、総理を含む関係閣僚が国家情報会議並びに国家安全保障会議に出席することでインテリジェンスに基づいた外交安全保障分野の政策判断を経験するということになりますので、そのようなスタイルの意思決定がようやく日本にも根付くのではないかと期待しております。そうなりますと、官邸や国家情報会議から国家情報局への情報要求が発せられ、インテリジェンスサイクルを円滑に機能させることも可能となるのではないでしょうか。

二点目の政府の情報活動に対する監督権限の強化につきましては、様々なところで指摘されていますような、国家情報局が時の権力者の道具として使用されるというニュアンスとは異なる印象を私は持っております。むしろ、これまで内閣情報調査室は、政治的な監督権限、さらには政治説明から隔離されてきた印象があります。

現在の内閣情報調査室は官房長官にぶら下がっている形ですが、歴代の官房長官が内閣情報調査室の活動についてコメントしたことはほとんどありません。内閣情報調査室の方は、総理や官房長官に定期的なブリーフィングは行う一方、活動や組織について何らかの統制は受けてこなかったと思います。むしろ、今回、国家情報会議と国家情報局を直接のラインでつなぐことにより、選挙によって選ばれた政治家がインテリジェンス組織に対する監督を行う、つまりは民主的統制の強化につながるのではないかと期待しております。

他方、今後のインテリジェンス改革や不測の事態への対処においても、政治によるインテリジェンスへの関与が必要になると考えられます。例えば、一九九八年の内閣衛星情報センターの創設や二〇一三年の特定秘密保護法の制定は、当時の政権が推し進めた成果でもあります。

また、今後、海外で日本の国家公務員が逮捕された、若しくは国内で世論を二分するような偽情報が流布されたといったような事態も想定されます。これら事態が生じた場合、事務方である国家情報局では政治的な対処ができませんので、その上部組織となる国家情報会議で政治レベルの解決策を提示する必要性があります。そして、政治的な判断から解放されました国家情報局は、本来の任務である情報収集、分析、集約業務に専念できるものと考えます。

三点目の情報集約力の向上については、今回設置されます国家情報会議の権限として、各省庁は会議のために必要があればインテリジェンス情報を提供することが明記されております。そして、国家情報会議の事務をつかさどる国家情報局が、新たに付与された総合調整権限によって、実質的には情報局が各省庁からの情報を集約することになります。

これまでの内閣情報調査室は、各省庁に対する連絡調整の権限しか持っていなかったため、言わばお願いベースで情報提供を促していた形になりますが、これでは内調に情報は集まりませんでした。そのため、中曽根政権期の一九八六年には内閣官房に合同情報会議を設置したり、第二次安倍政権期の総理ブリーフィングの強化等によって各省庁のインテリジェンス情報を内閣官房に集約しようとしてきたわけでありますが、どれも運用上の工夫であり、また、各省庁も必要があれば総理秘書官等を通じて官邸に直接情報を上げるラインが整備されていたため、総論としては、必要な情報が全て内閣官房に集約されていたとは言い難い状況が続いておりました。

インテリジェンス分析の分野では、オール・ソース・アナリシスと言いまして、情報提供者からの情報、ヒューミント情報、通信傍受情報、シギント情報、衛星画像情報、ジオイント情報、公開情報、オシント情報、全てのこういった情報を集約し分析することで確度の高いインテリジェンスが生み出されるとされます。

例えば、衛星で外国の様子を調べたときに見慣れない施設が造られているときがありますが、それを調べるためにはその施設に出入りする協力者が必要になることもありますし、同じく、衛星で我が国に外国の漁船が多数押し寄せてくることが確認されても、通信傍受情報がなければその意図を把握することができません。

アメリカのインテリジェンスは、収集できる全ての情報を集約、データ化し、それをAIに解析させることで政府や軍の活動を支援していますが、これもオール・ソース・アナリシスとなります。

我が国では、インテリジェンス情報のデジタル化どころか、集約の段階でつまずいている状況が長く続いてきました。今回の法案によって、国家情報会議と国家情報局に関係組織のインテリジェンス情報を集約することができれば、日本のインテリジェンス能力は格段に高まっていくことも期待されます。

最後に、私なりの懸念を二点指摘しておきたいと思います。それらは、国家情報会議に対する国民の信頼性の確保、そして国家情報局の組織の在り方といったものになります。

インテリジェンス研究の分野では、情報機関の中立性という言葉が聞かれますが、これは国家のインテリジェンスが特定の党派に加担してはならないという考え方で、政治の側にもこれは成り立ちます。つまり、国家情報会議はインテリジェンス情報と外国情報活動への対処のみを扱うべきであり、そこに党派に関わる情報や国民のプライバシーに抵触するような情報を持ち込むべきではないという考えになります。

そして、この種の疑義を招かないようにするためには、運用上の透明性が確保される必要性もあります。現在の国家安全保障会議がウェブサイト上で議事のテーマを公開しておりますように、将来的には国家情報会議にも同様の説明責任が必要になってくるように思料します。また、情報会議の議事録は恐らく特定秘密に指定されることになるかと想像しますので、そうなりますと国会の情報監視審査会の監視対象にもなりますし、さらには将来的な公開的に備えることも必要になってくるのではないかとも思います。

国家情報局の組織の在り方については、特定の省庁に偏らない人事配置が必要になってくるのではないでしょうか。既に衆議院の内閣委員会でも議論となりましたが、内閣情報調査室のトップは警察、次長は外務省といった人事配置が七十年以上続いてきました。また、内調の幹部の多くは警察出身者で占められております。今後設置される内閣情報局が各省庁からの情報集約を強めるのであれば、いつまでも特定官庁に偏った人事配置は、インテリジェンスの運用上、支障を来す可能性も指摘できます。これは、内閣情報局長と次長の出身官庁を変えればよいというだけの話ではなく、幹部人事が特定の官庁に占められていると、トップが替わっても運用の実態は変わらないのではないかとも想像できます。

これにつきましては、本年三月に発表されました自民党政務調査会の案にも、特定の省庁の出身者の指定席とするべきではなく、人物本位、能力本位で任命を徹底すべきであると明記されているとおり、各省庁がインテリジェンス分野の人材を競って育成していく姿が望ましいように思います。そして、今後、内閣情報局の規模が拡大していくのであれば、独自の採用試験による総合職や専門家の採用、さらにはインテリジェンスの研修所も必要になってくるのではないかと思料しております。

私の意見は以上となります。御清聴いただきまして、ありがとうございました。

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