スリナムの件、注目していただき、誠にありがとうございます。
これは、御承知のとおり、特に二〇二〇年代に入って、南北アメリカを中心に、黒人差別、そしてそこにつながる形での奴隷制、奴隷貿易といった過去の遺産に対する注目が非常に高まってまいります。もちろんそれ以前からも高まりはあったんですけれども、特に二〇二〇年代、いろんな事件起きた後ですね。
その中で、過去をどう捉え直すかということがオランダでもかなり議論になり、その中で、やはり最終的には国王が謝罪しなければならないだろうという形で、何といいますか、世論が、世論といいますか、関係者の意識がつくられていったということだったんですね。
ただ、謝罪そのものは明確な法的な効果を伴うものではないです。むしろそれは一種のモラルオブリゲーションといいますか、要するにこれまでは謝罪していなかったわけですので、一体その奴隷制、奴隷問題に関してオランダという国はどう考えているかというときに、やっぱり謝罪がなければこれはもう過去の清算どころもへったくれもないわけですね。
ですので、やっぱりその出発点にあるのは謝罪であり、それは元首である国王からということになるわけです。実際、これと併せて、今回ちょっと申しませんでしたが、経済的なその他の様々な、何といいますか、協力関係をつくっていくといった形でも、具体的な物の動きなどもあったりするんですけれども、それはあくまで付随的なもので、いわゆる賠償ではないです。
実は賠償問題は、これはまたちょっと別の問題で、例えば奴隷制に対して賠償を約束したというものではこれはないです。ないんですが、かといって、じゃ、賠償などがないんだから謝罪もしなくていいというふうにはやはりいかないだろうし、まずは出発点としては謝罪をする必要がある。
ただ、謝罪というのも、何といいますか、抽象的に国王がオランダ国内で謝罪文を、慰霊碑、慰霊碑といいますか、記念碑の前ででしたが、読み上げるだけではなくて、やっぱりそれは現場で行う必要があるということで、謝罪を行った後しばらくたって現地のスリナムに行って、そこで現地のコミュニティーの人々と対話を行い、その間にその現地の人々の間でも国王の謝罪をどう見るかという議論を、ディスカッションをやってきたんですね。その結果、国王が公式訪問されて、そこで現地の伝統文化に従った儀式に参加してもらい、そこで和解を具体的にやってもらう、そういう形で話がまとまっていき、その枠組みの中で今回公式訪問、国賓訪問されて儀式に加わったということなんですね。
ですので、そういう意味では、一方的に何か上から謝罪してオーケーではなくて、やっぱりそれは当事者の、コミュニティーの対話と、そしてまた、何というか、同意があってこその謝罪だと思います。やはり、何といいますか、許しなき謝罪はむなしいという言葉がありますけど、今回その点ではそのプロセスをきちんと踏んでいったと思うんですね。
何といいますか、私の個人的な印象としても、そういった意味では何かヨーロッパの外交のうまさというのか、すごくしっかり準備した上で、ちゃんと、何というか、当事者の同意、同意といいますか、参画を経て物事を積み上げていって、お互いが納得できるような形にしていったというところはやっぱりヨーロッパらしいなと思います。
ただ、賠償を求めるべきだという見方はもちろんあって、それに応えるものではないです。そこはちょっと御理解いただきたいと。済みません。
57
伊勢崎賢治(れいわ)
指針をありがとうございました。
終わります。
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58
鈴木宗男(自民)
高良沙哉さん。
この発言のページ
59高高良沙哉政府参考人など
沖縄の風、高良沙哉です。
本日は、水島参考人、下斗米参考人、お二人に本当に多くのことを学ばせていただいております。ありがとうございます。
まず、水島参考人に、今日いただいているレジュメの中からお聞きしたいことがあります。
今日いただいているレジュメの一番最後の四ページ目のところに、オランダ・スリナム関係ということで写真付きの記事が出て、文章が出ているかと思うんですが、今後、日本も、アジアの中で関係をきちんと築いていくために、かつての植民地支配の責任に再びどう向き合うかということは、まだ解決できていない問題としてとても大事だというふうに私の問題意識の…
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- (上の発言)
60水水島治郎千葉大学大学院社会科学研究院教授
スリナムの件、注目していただき、誠にありがとうございます。
これは、御承知のとおり、特に二〇二〇年代に入って、南北アメリカを中心に、黒人差別、そしてそこにつながる形での奴隷制、奴隷貿易といった過去の遺産に対する注目が非常に高まってまいります。もちろんそれ以前からも高まりはあったんですけれども、特に二〇二〇年代、いろんな事件起きた後ですね。
その中で、過去をどう捉え直すかということがオランダでもかなり議論になり、その中で、やはり最終的には国王が謝罪しなければならないだろうという形で、何といいますか、世論が、世論といいますか、関係者の意識がつくられていったということだったんですね。
ただ、謝罪そのものは明確な法的な効果を伴うものではないです。むしろそれは一種のモラルオブリゲーションといいますか、要するにこれまでは謝罪していなかったわけですので、一体その奴隷制、奴隷問題に関してオランダという国はどう考えているかというときに、やっぱり謝罪がなければこれはもう過去の清算どころもへったくれもないわけですね。
ですので、やっぱりその出発点にあるのは謝罪であり、それは元首である国王からということになるわけです。実際、これと併せて、今回ちょっと申しませんでしたが、経済的なその他の様々な、何といいますか、協力関係をつくっていくといった形でも、具体的な物の動きなどもあったりするんですけれども、それはあくまで付随的なもので、いわゆる賠償ではないです。
実は賠償問題は、これはまたちょっと別の問題で、例えば奴隷制に対して賠償を約束したというものではこれはないです。ないんですが、かといって、じゃ、賠償などがないんだから謝罪もしなくていいというふうにはやはりいかないだろうし、まずは出発点としては謝罪をする必要がある。
ただ、謝罪というのも、何といいますか、抽象的に国王がオランダ国内で謝罪文を、慰霊碑、慰霊碑といいますか、記念碑の前ででしたが、読み上げるだけではなくて、やっぱりそれは現場で行う必要があるということで、謝罪を行った後しばらくたって現地のスリナムに行って、そこで現地のコミュニティーの人々と対話を行い、その間にその現地の人々の間でも国王の謝罪をどう見るかという議論を、ディスカッションをやってきたんですね。その結果、国王が公式訪問されて、そこで現地の伝統文化に従った儀式に参加してもらい、そこで和解を具体的にやってもらう、そういう形で話がまとまっていき、その枠組みの中で今回公式訪問、国賓訪問されて儀式に加わったということなんですね。
ですので、そういう意味では、一方的に何か上から謝罪してオーケーではなくて、やっぱりそれは当事者の、コミュニティーの対話と、そしてまた、何というか、同意があってこその謝罪だと思います。やはり、何といいますか、許しなき謝罪はむなしいという言葉がありますけど、今回その点ではそのプロセスをきちんと踏んでいったと思うんですね。
何といいますか、私の個人的な印象としても、そういった意味では何かヨーロッパの外交のうまさというのか、すごくしっかり準備した上で、ちゃんと、何というか、当事者の同意、同意といいますか、参画を経て物事を積み上げていって、お互いが納得できるような形にしていったというところはやっぱりヨーロッパらしいなと思います。
ただ、賠償を求めるべきだという見方はもちろんあって、それに応えるものではないです。そこはちょっと御理解いただきたいと。済みません。
61高高良沙哉政府参考人など
ありがとうございます。
どういう意味合いが含まれているのかということを確認したかったということでした。今回のこの文章を読む中で、やはりそのコミュニティーの文化を尊重する形で合意が形成されていくということに大きな意味があるなというふうに私自身は感じました。ありがとうございます。
続きまして、下斗米参考人にもお聞きしたいんですが、今日いただいている資料にあったかどうかはあれなんですが、予習をしてきた中で、帰属問題、ドンバスの帰属問題というものがとてもこの紛争の中で大きな意味合いがあるなというふうに思っているんですが、ドンバスの自治とかドンバスの意思という…
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62下下斗米伸夫神奈川大学特別招聘教授/法政大学名誉教授
高良先生、どうも御質問ありがとうございました。
一番私がしゃべりたかったと同時に一番難しいところでもございまして、もちろん国境線を破るということは、国際法、国連憲章違反のことです。ただ、それにはそれなりの歴史的理由も実はこれありというのが、添付させていただきました新しい資料を御紹介いたしました。
それを見ると、やっぱりロシア革命の過程で、やっぱりこの地域は何よりも遊牧の民が行ったり来たりしていた地域、そして何よりもコサック部隊というのはその最も自由な民であると同時に最も権力の手先でもあったという二重性のある人たちの世界。これに、先ほど申し上げた石炭開…
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63高高良沙哉政府参考人など
ありがとうございます。引き続き勉強します。
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