浅田均 (日本維新の会)

2026年6月10日・第221回国会 参議院 憲法審査会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 96 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 121 発言)

日本維新の会、浅田均でございます。

両参考人の先生におかれましては、貴重な御意見賜りまして、本当にありがとうございます。御礼申し上げます。

私は、只野先生のレジュメにお書きになっております緊急事態の憲法化の得失に関して質問させていただきたいと思っております。

憲法改正、とりわけ緊急事態に関して、只野先生のお考えは、事前配付いただきました資料を読ませていただきましたので、かなり理解したと思っております。

「例外的状況と憲法」の中で、先生は、緊急事態条項を憲法に置くことは、立憲的な憲法秩序では正当化が難しい措置を容認することを意味しており、それ自体が立憲主義に対する例外規定を正面から認めるものであるとお書きになっております。

ところで、只野先生も御存じだと思いますが、フランスの憲法学者であるドミニク・ルソー教授は、緊急事態という状況が民主主義社会においていかに権力の濫用や法の支配の空洞化を招きやすいかという点につき、鋭い警鐘を鳴らしています。

先ほど、長谷部先生からアルジェリアの事例に関して言及がございました。只野先生とルソー教授、同じような主張です。

ルソー教授の主張の根底には、憲法は権力を制限し、市民の自由を守るためのものという信念があると思われます。ただ、ルソー教授は、もし緊急事態条項を導入するのであれば、それは危機に備えて政府を強くするためにあるのではなく、たとえ危機的状況であっても、政府が独裁的な振る舞いに陥ることを防ぎ、民主主義と人権の最後のとりでとして憲法を機能させるためにこそ、強力な歯止めをセットで組み込まなければならないとも主張されております。

そこで、只野先生にお伺いしたいんですが、ルソー教授は、緊急事態条項の導入が、政府に政策遂行の便宜を与えるのではなく、むしろ政府の暴走を縛るための憲法上の措置でなければならないと説いておられます。もし緊急事態条項を新設する場合、緊急時において政府が平時よりも強い権限を持つ際に、それに対し、単なる追認ではなく、実効性のある民主的コントロールを確保するため、憲法上に何らかの統制の仕組みを定めることはできないものか、憲法条文に直接どのような権力行使の限界を明記すべきか、先生のお考えをお聞かせいただきたく存じます。

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