私は、それは実態とはかなり違うんではないかと思うんですね。
幾つか紹介したいんですが、一九三九年、内務省警保局の特高月報では、最初に長生炭鉱に雇い入れた二百三十八名の朝鮮人労働者のうち、十七名の逃亡者があり警戒中、更に二名の逃走せんとするのを労務係員が発見して、事務所に連行、殴打したところ、その報告を聞いた労務者が一斉に事務所に乱入、混乱に乗じて更に二十四名が逃走したという記録がございます。
それから、朝鮮人労働者を寝起きさせていたと言われる合宿所、今も倉庫として残っております。私も行ってきましたが、窓のない異様な建築物です。当時は周囲を三・六メートルの塀で囲み、出口は一か所だけ、常時見張りがいたとされています。当時の見取図も宇部市の郷土資料館で保存されております。
それから三つ目、犠牲者の一人である金元達さんが、事故の数日前にお母さんに送った手紙もあります。こう書かれています。
お母さん、私は今、日本の山口県というところで炭鉱の仕事をしています。海の下に坑道が通っていて、海の上を通る漁船のとんとんという音が聞こえてくるほどのとても危険な場所です。垣根は三メートルほどの厚い松の板で囲っており、その外側をぎっしりと鉄条網が張り巡らされています。その囲いの中にある宿舎はまるで捕虜収容所のようなところです。警備も厳しく、一切の自由もなく、外出もできない拘束の中で生活をしています。
さらに、市制百年の記念事業で作成された宇部市史にはこうあります。長生炭鉱は特に坑道が浅く、危険な炭鉱として知られ、日本人鉱夫から恐れられていたため朝鮮人鉱夫が投入されることになった模様であり、その当時、朝鮮炭鉱と蔑称されたほどで、昭和十七年二月に発生した水没事故の犠牲となった鉱夫の位牌のうち約八〇%が朝鮮人名とみなされていることからも、同十六年以降も朝鮮人労働者が強制連行され続けていたと考えられる、こういう記録もあります。
大臣、やっぱりこれは実態としては強制を伴うものだったんじゃないか。私は強制労働というふうに言える内容であったんではないかと思いますが、少なくともやっぱりきちんと調査をすべきじゃありませんか。
225遠遠藤剛警察庁長官官房審議官
お答えいたします。
鑑定を実施する具体的なタイミングにつきましては、日韓双方にとって都合の良いタイミングで実施されることとなるものと承知しております。また、このDNA型鑑定につきましては、御遺骨等から採取されたサンプルについて日韓両政府がそれぞれDNA型鑑定を行い、その結果を共有することとなります。
この発言のページ
226
小池晃(共産)
一九三〇年、ILOで採択された二十九号条約、いわゆる強制労働条約、この第二十一条では、鉱山での地下労働での強制労働が禁止されています。この条約を日本は一九三二年に批准をしております。ですから、長生炭鉱の事故の時点で既に批准されていた。
私は、長生炭鉱では強制的な地下労働が行われていたことは間違いないと思うんですが、これはILO条約、二十九号条約二十一条の強制労働の禁止に違反していたんではないでしょうか。
この発言のページ
227
上野賢一郎(自民)厚生労働大臣
水没事故当時、長生炭鉱で働いていた朝鮮半島出身の労働者の方々については、自由渡航又は官からの認可を受けた事業主による募集により就労していたものと認識をしています。
したがって、当時、長生炭鉱で働いていた朝鮮半島出身の労働者の方々は、自由渡航や募集によって移入したという経緯を踏まえれば、いずれもILO第二十九号条約で定められている強制労働には該当しないものと承知をしています。
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- (上の発言)
228
小池晃(共産)
私は、それは実態とはかなり違うんではないかと思うんですね。
幾つか紹介したいんですが、一九三九年、内務省警保局の特高月報では、最初に長生炭鉱に雇い入れた二百三十八名の朝鮮人労働者のうち、十七名の逃亡者があり警戒中、更に二名の逃走せんとするのを労務係員が発見して、事務所に連行、殴打したところ、その報告を聞いた労務者が一斉に事務所に乱入、混乱に乗じて更に二十四名が逃走したという記録がございます。
それから、朝鮮人労働者を寝起きさせていたと言われる合宿所、今も倉庫として残っております。私も行ってきましたが、窓のない異様な建築物です。当時は周囲を三・六メートルの塀で囲み、出口は一か所だけ、常時見張りがいたとされています。当時の見取図も宇部市の郷土資料館で保存されております。
それから三つ目、犠牲者の一人である金元達さんが、事故の数日前にお母さんに送った手紙もあります。こう書かれています。
お母さん、私は今、日本の山口県というところで炭鉱の仕事をしています。海の下に坑道が通っていて、海の上を通る漁船のとんとんという音が聞こえてくるほどのとても危険な場所です。垣根は三メートルほどの厚い松の板で囲っており、その外側をぎっしりと鉄条網が張り巡らされています。その囲いの中にある宿舎はまるで捕虜収容所のようなところです。警備も厳しく、一切の自由もなく、外出もできない拘束の中で生活をしています。
さらに、市制百年の記念事業で作成された宇部市史にはこうあります。長生炭鉱は特に坑道が浅く、危険な炭鉱として知られ、日本人鉱夫から恐れられていたため朝鮮人鉱夫が投入されることになった模様であり、その当時、朝鮮炭鉱と蔑称されたほどで、昭和十七年二月に発生した水没事故の犠牲となった鉱夫の位牌のうち約八〇%が朝鮮人名とみなされていることからも、同十六年以降も朝鮮人労働者が強制連行され続けていたと考えられる、こういう記録もあります。
大臣、やっぱりこれは実態としては強制を伴うものだったんじゃないか。私は強制労働というふうに言える内容であったんではないかと思いますが、少なくともやっぱりきちんと調査をすべきじゃありませんか。
229
上野賢一郎(自民)厚生労働大臣
現時点で当時の労働実態を正確に確認することはなかなか難しいと考えておりますが、いずれにいたしましても、政府としては先ほど申し上げたような考えでございます。
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230
小池晃(共産)
それで日韓関係、せっかくこれ首脳間で合意したものを更に前に進めることができるんだろうかと。今も冷たい海の下に眠っておられるわけですね。せめて御遺骨を一日も早く御遺族の元に返すことが私は必要だと思いますし、しかもこれは日韓政府間の合意になったわけですよ、DNA鑑定についてはですけど。今までとはこれステージ変わったと私は思います。レベルの違う問題になったんだと思います。この日韓首脳の合意を前に進めるためにも、DNA鑑定とともに、やはり残された御遺骨の収容も含めて私は日本政府の責務というふうになったんだと思うんです。
大臣、今までこれ厚生労働省の職業安定局人…
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231
上野賢一郎(自民)厚生労働大臣
御遺骨の収容につきましては、現時点で政府が直接行うことは考えてはおりませんが、厚労省としては、これまでからも、関係省庁の協力を得て、現地において市民団体の活動状況や遺骨収容のための潜水調査等の安全性に関する専門家の知見を伺ってきているところであります。
引き続き、関係省庁と連携をいたしまして、これまでに集積した専門的な知見などを整理した上で、適切に対応していきたいと考えています。
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