佐藤淳法務省刑事局長

2026年6月2日・第221回国会 衆議院 法務委員会 第16号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 51 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 169 発言)

お答えいたします。

戦前の刑事訴訟法というのは、現行の刑事訴訟法ではなくて、大正十一年に成立したいわゆる旧刑事訴訟法のことだと思われますので、これについて急ぎちょっと確認いたしました。

まず、旧刑訴法というのは、いわゆるGHQがやってきて、昔、職権主義といいまして、一般の通常審におきましても、例えば、検察官がいて、その証拠を全部予審判事が見て、予審判事が少しずつスクリーニングしていく、それで、有罪になる人が最後に裁判所の下で残るといったような、すごくざっくり言いますと、不正確かもしれませんが、そのような刑事裁判が戦前は行われていたということでございます。それが、GHQが来たことに伴いまして、済みません、撤回いたします。戦後、アメリカ法のいわゆる当事者主義でありまして、伝聞法則、厳格な証拠のルールを作ったり、裁判所に予断を持たせないで起訴状一本主義で裁判を進めていくというようなルールが通常審に入れられました。

したがいまして、先ほどの戦前の場合というのは職権主義のときの話なんですけれども、職権主義のときには、私の理解では、基本は全て警察から来た証拠が検察官のところにあり、検察官が捜査した証拠も全部そこにあり、証拠のルールなどはありませんので、全ての書類を裁判所が見て判断をするというルールになっておりまして、そういう前提の下に、一件記録がどこまでかというのは日本とかなり、今のルールとかなり違いますけれども、その前提であれば、それに、被告人が公判に、被告事件が付された後、裁判所において訴訟に関する書類については閲覧、謄写されることとされていたようでございますので、証拠物についても閲覧できるようでございましたので、そのような意味では、弁護人も全ての記録を見られたということのようでございます。

それから、ドイツと台湾においても、少なくともドイツは、日本が戦前に学んだ大陸法系の職権主義の国でありまして、先ほど言ったような裁判の形態があるわけですけれども、恐らくそのような形で、裁判所に存する書面とか裁判所にそのまま警察から全部引き受けたものが全て分かるという前提でありますので、これについては、一定の事由を除いて、閲覧が制限されている場合を除いてこれを弁護人は見ることができるように理解していますが、その前提が、そもそも記録とは何ぞや、一件記録とは何ぞやというところが全て分かっているわけではありませんので、一概に日本と比べるのは困難であるとは考えているところでございます。

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