お答えいたします。
危険運転致死傷罪は平成十三年の刑法改正により創設されたものでございますけれども、それ以前は、飲酒運転や著しい高速度運転などの悪質かつ危険な自動車の運転行為による死傷事犯につきましても、不注意な運転行為によるものとして業務上過失致死傷罪により処罰されていたところでございます。
しかしながら、この罪は、これらの事犯の悪質性や重大性に的確に対応するものではなく、被害者やその御遺族を始め広く国民の間にも、過失犯として処罰されることに対する疑問の声、あるいは刑が軽過ぎるなどとして罰則の整備を求める声が高まったことから、故意に悪質かつ危険な運転行為を行い、その結果人を死傷させた場合には、暴行により人を死傷させた者に準じた処罰を可能とするため、平成十三年の刑法改正によりまして危険運転致死傷罪が新設されたものでございます。
163
和田政宗(参政)
七年以下なんですね。
では、お聞きをいたしますけれども、この過失運転致死傷罪、創設当時は自動車運転過失致死傷罪でしたけれども、これはなぜ創設されたんでしょうか。
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164佐佐藤淳法務省刑事局長
お答えいたします。
まず、時系列的に御説明いたしますと、平成十九年の刑法改正以前は、自動車運転による過失致死傷罪については、先ほどの、法定刑が五年以下の懲役、禁錮、百万円以下の罰金である業務上過失致死傷罪が適用されていたところでございます。
しかしながら、自動車運転による死傷事故として、危険運転致死傷罪には該当しないものの、飲酒運転中などの悪質かつ危険な運転行為によるもの、あるいは多数の死傷者が出るなどの重大な結果が生じるものが少なからず発生しており、そのような死傷事故に対し罰則の強化を求める意見が見られるようになったこと、加えて、自動車運転による業…
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165
和田政宗(参政)
更にお聞きをしますけれども、この過失運転致死傷罪より最高刑が重い危険運転致死傷罪は、これはなぜ創設されたんでしょうか。
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- (上の発言)
166佐佐藤淳法務省刑事局長
お答えいたします。
危険運転致死傷罪は平成十三年の刑法改正により創設されたものでございますけれども、それ以前は、飲酒運転や著しい高速度運転などの悪質かつ危険な自動車の運転行為による死傷事犯につきましても、不注意な運転行為によるものとして業務上過失致死傷罪により処罰されていたところでございます。
しかしながら、この罪は、これらの事犯の悪質性や重大性に的確に対応するものではなく、被害者やその御遺族を始め広く国民の間にも、過失犯として処罰されることに対する疑問の声、あるいは刑が軽過ぎるなどとして罰則の整備を求める声が高まったことから、故意に悪質かつ危険な運転行為を行い、その結果人を死傷させた場合には、暴行により人を死傷させた者に準じた処罰を可能とするため、平成十三年の刑法改正によりまして危険運転致死傷罪が新設されたものでございます。
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和田政宗(参政)
この答弁にありますように、自動車運転においては、事故を起こしたときの重大な結果に鑑みて、刑罰の新たな整備ですとか、最高刑が引き上げられているんですよね。
先ほど小型船舶の例を出しましたけれども、ほかにも乗客等が運転者や運航管理者に身を預ける状態のものがあり、事故が起きると即座に命の危険につながるものがあります。それを業務上過失致死傷罪で一くくりにしておいてよいのかという問題提起をしたいというふうに思います。身を預けて例えば船に乗ったところ、運転者や運航管理者が必要な注意義務を果たさずに乗客を死亡させたというときでも、最高刑は五年なのですね。
辺野古の…
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平口洋(自民)法務大臣
お答えいたします。
法制審議会は、法務大臣の諮問に応じて、民事法、刑事法その他法務に関する基本的な事項を調査審議する機関でございます。
例えば、罰則の新設や法定刑の改正については、一般に、社会犯罪情勢の変化や既存の法令の適用状況等を総合的に考慮して、法改正の検討の要否を判断することになると考えております。そして、法改正の検討の必要性が認められる場合において、法制審議会に諮問するか否かについては、一般に、対象となる法律の性質、検討すべき改正の内容、程度等を総合的に考慮して判断することになるものと考えております。
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和田政宗(参政)
御答弁は、社会犯罪情勢の変化、また世論の高まり等がその判断基準になるということの内容だったというふうに思いますけれども、このようなボート転覆死亡事故が起きた中で、まず、今回、課題提起をさせていただいて、引き続き法務委員会で取り上げていきたいというふうに考えます。
そして、辺野古のボート転覆死亡事故について述べますと、私は、この事故現場から二、三キロの距離のところで小型船で釣りをしたことがあります。そのときは波浪注意報は出ておりませんでしたが、波がそれなりに高く、私は船が転覆するのではないかと不安になりまして、時間を切り上げて港に戻ってもらったことを記憶…
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