神谷裕 (中道改革連合)

2026年5月13日・第221回国会 衆議院 農林水産委員会 第9号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 30 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 146 発言)

大臣、御答弁ありがとうございます。

今おっしゃっていただいたように、平成三十年にいわば政策変更みたいなことがあったのは事実だと思うんです。ただ、法文上における国の責任というのは、これで初めて本当に消えてしまうことになる。

今までこの責任ということがあったので、様々な施策や、あるいは需要に応じた生産という意味での、実質、生産調整という言葉はなくなり、また廃止をされたのは事実ですが、当然、あふれたら困る、あるいは足りなくても困るという世界の中で様々な努力をこれまで農林水産省さん自身がやってこられたこと、私は、その努力というのは非常に重要なことだったと思うし、農林水産省としての責任というのはしっかりと全うされてきたというふうに思っています。ですので、実は、法文上にあった国の責任というのは非常に重かったし、皆さん方もそれを大事にしてきたと思うんです。しかし、今回これで正式になくなってしまうというか、国の責任という言葉が消えてしまうということになります。もちろん、急激な変化というか、急ハンドルを切ることにはならないと思いますが。

ただ、もう一方でいうと、国の責任というこの文言がなくなることによる今後の影響というのはやはり考えなきゃいけないんじゃないかと私自身は思っていて、もちろん、今、幾つかの点で、国が全うされるべき様々な手法というか、需要を増やしていくであるとか、あるいは見通しの話であるとかあるんですけれども、国の責任の全うというか、国の責任が外れた上でこれをやっていくよとなっていますけれども、例えば、生産調整というか、供給をしっかりと需要に合わせていくということについてこれから先どうなっていくのか。先ほどお話にあったように、生産調整そのものはもうなくなっていくわけですけれども、転換点だからこそこういう書きぶりになるのかなとも思いつつ、ややこの責任を外すのが私は早いような気がするんです。

実際にどんなに生産しても足りないんだという状況だったらば、それはそうなるかなとは思うんですけれども、まだ、自由に作っていいですよといったところであふれることも想定される中で、それはもう農家の責任なんだから、国の責任は外れたからとは言えないと思うんです。

これについて、改めてもう一回、国の責任というのは、そうはいいながらも、この条文からは外れるかもしれないけれども、必ずしもこういった供給に対しても責任を持たないということにはならないと思いますが、これについて、大臣、改めてコメント、いかがですか。

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