御質問ありがとうございます。
まず、表現の自由などの精神的自由に規制を及ぼす場合には、よほどの必要性、英語で言いますとコンペリングという言葉があるんですが、よほどの強い必要性が必要である。ここから立法事実論の議論が出てくるのですが、このとき、立法事実があるのかという議論に対して、国旗が損壊された事実があるということは、立法事実としては不足していると私は考えております。その奥に、国旗損壊行為によって国民の重要な権利が害されている、あるいは国民の生命、健康が危機に瀕するということが確認されるといったようなレベルの必要性、これがコンペリングと言われる高度な必要性が含意しているものなんですね。ですので、その意味での立法事実の議論はまだまだ足りておらず、また、これが出てくるのかどうかということについては疑問に思っております。
また、国民の安全や国家の機能そのものを破壊することにつながるのではないか、不快感ということを超えて、そうした実害が本当にあるのではないかという問題が提出されればそれが立法事実となっていくわけですが、それに対応するための法律は既に存在します。内乱罪とか凶器準備集合罪とか、それから、テロ等に対応するための様々な刑法改正が既に日本では大変な議論を経て行われています。
こうしたものが、そうした危険にまさに対処するために、わざわざ日本で議論され、制定されておりますので、この筋からする立法事実をもし認めていくのであれば、既にそのための立法は存在し、国旗損壊罪という、人の感情を保護するための立法の議論をわざわざする必要はないであろうと考えます。
そして、この国旗損壊罪というのは、むしろ萎縮効果のデメリットを非常に多く含む。その萎縮効果につきましては、今日、発言の十分間では申し述べる余裕が余りありませんでしたので、もう一度、私のレジュメの最後、四ページ目にまとめたところ、ラストのところを確認していただきたいと思うのですが、表現者自身の萎縮ということは、先ほど刑法専門の参考人からも御指摘をいただきました。それに並んで、多くの人が、もしかしたらこれはと思って通報をする、そのことによって様々な弊害が生じる、これは今現在で芸術表現の世界では多発している問題です。そして、公民館などなどの公の施設が、そうした表現に場所の使用許可を取り消すといったような行動に出る、そうしたことについての萎縮効果は非常に深刻なものが既に生じております。そうしたことが加速してしまうのではないかというおそれがあります。
そして、日本の裁判所では、こうした萎縮効果が生じることが分かるという場合、表現の自由の価値に配慮して、萎縮効果を生じさせる公的機関の判断を違法とした、そうした最高裁判決がございます。二〇二三年の「宮本から君へ」最高裁判決がこれに当たります。
これを考えたときに、国旗損壊罪の発揮するであろう萎縮効果というものは看過できないということを、日本の裁判所が目を留めて考慮するということは十分に考えられると思っております。
以上です。
76
高山聡史(みらい)
ありがとうございます。
今日、四人の参考人の先生方に御意見をいただきまして、大変参考になりました。国旗損壊罪に対する賛否のスタンスは先生方の中でもそれぞれあると思いますが、引き続き丁寧に審議させていただいて、いただいた内容も踏まえて議論を深められればというふうに思っております。
以上で、時間ですので、私の質問を終わります。
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77
山下貴司(自民)
次に、畑野君枝君。
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78
畑野君枝(共産)
日本共産党の畑野君枝です。
本日は、国旗の損壊等の処罰に関する法律案について参考人の方々から御意見をいただき、ありがとうございました。
私は、この法案は、刑罰で思想、良心の自由、内心の自由、表現の自由を侵害し、罪刑法定主義に反するなど、明白な違憲立法だと考えており、廃案にすべきだという立場でございます。
まず最初に、志田陽子参考人に伺います。今日行われている議論の中で、どのような点に問題があると思われたか、御意見を伺います。
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- (上の発言)
79志志田陽子武蔵野美術大学造形学部教授・学長補佐
御質問ありがとうございます。
まず、表現の自由などの精神的自由に規制を及ぼす場合には、よほどの必要性、英語で言いますとコンペリングという言葉があるんですが、よほどの強い必要性が必要である。ここから立法事実論の議論が出てくるのですが、このとき、立法事実があるのかという議論に対して、国旗が損壊された事実があるということは、立法事実としては不足していると私は考えております。その奥に、国旗損壊行為によって国民の重要な権利が害されている、あるいは国民の生命、健康が危機に瀕するということが確認されるといったようなレベルの必要性、これがコンペリングと言われる高度な必要性が含意しているものなんですね。ですので、その意味での立法事実の議論はまだまだ足りておらず、また、これが出てくるのかどうかということについては疑問に思っております。
また、国民の安全や国家の機能そのものを破壊することにつながるのではないか、不快感ということを超えて、そうした実害が本当にあるのではないかという問題が提出されればそれが立法事実となっていくわけですが、それに対応するための法律は既に存在します。内乱罪とか凶器準備集合罪とか、それから、テロ等に対応するための様々な刑法改正が既に日本では大変な議論を経て行われています。
こうしたものが、そうした危険にまさに対処するために、わざわざ日本で議論され、制定されておりますので、この筋からする立法事実をもし認めていくのであれば、既にそのための立法は存在し、国旗損壊罪という、人の感情を保護するための立法の議論をわざわざする必要はないであろうと考えます。
そして、この国旗損壊罪というのは、むしろ萎縮効果のデメリットを非常に多く含む。その萎縮効果につきましては、今日、発言の十分間では申し述べる余裕が余りありませんでしたので、もう一度、私のレジュメの最後、四ページ目にまとめたところ、ラストのところを確認していただきたいと思うのですが、表現者自身の萎縮ということは、先ほど刑法専門の参考人からも御指摘をいただきました。それに並んで、多くの人が、もしかしたらこれはと思って通報をする、そのことによって様々な弊害が生じる、これは今現在で芸術表現の世界では多発している問題です。そして、公民館などなどの公の施設が、そうした表現に場所の使用許可を取り消すといったような行動に出る、そうしたことについての萎縮効果は非常に深刻なものが既に生じております。そうしたことが加速してしまうのではないかというおそれがあります。
そして、日本の裁判所では、こうした萎縮効果が生じることが分かるという場合、表現の自由の価値に配慮して、萎縮効果を生じさせる公的機関の判断を違法とした、そうした最高裁判決がございます。二〇二三年の「宮本から君へ」最高裁判決がこれに当たります。
これを考えたときに、国旗損壊罪の発揮するであろう萎縮効果というものは看過できないということを、日本の裁判所が目を留めて考慮するということは十分に考えられると思っております。
以上です。
80
畑野君枝(共産)
ありがとうございました。
次に、江藤隆之参考人と志田陽子参考人に伺います。
本法案の提出者は、不快、嫌悪という感情、つまり、主観を客観的に判断できると答弁しておりますが、私としては、要件も曖昧な上に処罰範囲は不当に広く、刑罰としてあり得ないと思っておりますが、いかがでしょうか。
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81江江藤隆之桃山学院大学副学長・法学部教授
御質問ありがとうございます。
御指摘のとおり、本法案における不快、嫌悪というのは、どこまでなのか、どこからなのかが曖昧であり、刑罰法規が備えるべき明確性から逸脱していると考えます。
似たようなものは、例えばストーカー規制法等にあるんですけれども、その場合は、前段に、文の前に例示のようなものがついていたり、しかも、例も明らかに不快なものが明示されていますけれども、今回は、そうではない一般的な表現にとどまっていますので、明確性の観点からいくと、罪刑法定主義違反の疑いがあると考えます。
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82志志田陽子武蔵野美術大学造形学部教授・学長補佐
ただいま、罪刑法定主義からの問題があることが指摘されましたが、私も同じように考えております。見る人にとっての主観で判断の発端が生じるというものについては、これを定義として限定していくことが非常に難しい。
そして、罪刑法定主義に反するという問題は、日本国憲法の条文に照らした場合には、憲法三十一条の、法の適正手続の中の、法律で定めたことによらなくては国家は人に刑罰その他の不利益を与えることはできない、そういう原則になっていますけれども、ここで言う法律というのは明確なものでなくては、この三十一条が意味を成さないことになってしまいます。その観点からも、明確性の…
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