私どもも、リーマン・ショックの後に、経済緊急対応予備費という形の特定目的の予備費で、その運用で助けられたこともありますので、助けられることはよくあるんですけれども、常態化しちゃいけないということを申し上げています。正常化に向けた努力を是非していただきたいということを申し上げさせていただきたいというふうに思います。
次に、令和六年度の一般会計予備費は、一兆円の枠組みの中で六千九百五十八億円使われることになりましたけれども、これは元々一兆円の枠ではなくて、令和五年の十二月二十二日には五千億円で閣議決定をしていました。それが、令和六年の一月一日に能登半島で大きな地震が発生をしたことによって、一月十六日に五千億円の増額をして計一兆円で、令和六年度の一般会計予備費は一兆円になったという経緯だったというふうに思います。
今日も、大雨が降って、そして河川の氾濫等、心配な状況であります。自然災害が起こって、それに対する対応で、大きな被害が出た場合にはまずは予備費を充てるということはいつもやってきた対応だと思いますけれども、それだけではなくて、被災地の皆さんに見通しを持って、そして希望を持ってもらうためには、やはり早急に補正予算を組むというのが今までの一般的なパターンだったと思うんです。
令和六年度に関しては、補正予算はなかなか組まなくて、ずっと予備費で数次にわたって対応する。最初に発生するのは予見できないから、予備費対応はいいと思いますよ。でも、何度も何度も閣議決定で予備費で対応するというやり方は、これは異例というか異常だったと私は思うんです。
例えば阪神・淡路大震災のときは、私は衆議院の一年生でありましたけれども、一九九五年の一月十七日に発災をして、二月二十四日、一月後に一兆二百二十四億円の補正予算を組んで、そして二月二十八日に国会成立であります。同じように、東日本大震災のときは、財務大臣でありましたけれども、二〇一一年三月十一日に発災をして、四月二十二日には四兆一千五百億の補正を組み、そして五月に成立をしています。熊本地震も、十年前でありましたけれども、発災してほぼ一か月後に補正予算を組んでいる。
なぜ能登については予備費だけで小刻みに対応しようとしたのか、その背景を御説明いただきたいというふうに思います。
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越智俊之(自民)経済産業大臣政務官・内閣府大臣政務官
価格カルテル行為の有無を含めた事実関係について、今後、公判で審理されるものと認識しております。その上で、ガソリンや軽油などの燃料油の価格抑制に対応する中で価格カルテルが行われているとすれば、深刻な問題であると受け止めております。
経済産業省としましては、これまでも、全国石油商業組合連合会を通じて、石油販売事業者に対し、法令遵守体制の強化、徹底を指導してきておりまして、今年四月に起訴に至ったことを踏まえ、改めてその徹底を指導したところでございます。引き続き、今後の公判や公正取引委員会の調査の動向を注視し、適切に対応してまいりたいと考えております。
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野田佳彦(中道)
今おっしゃったように、法令遵守を徹底するように、やはり業界の適正化に是非経産省は努めていただかなければならないと思うし、この後議論しますけれども、二〇二六年度の補正予算でもこういう関連が出てくるわけですので、しっかりと対応していただきたいというふうに思います。
もっと本当は公取には聞きたいこともあるんですけれども、また別の機会ということで、これで退席をしていただいて結構です。ありがとうございました。
経産の方も、退席していただいて結構でございます。
今のお話を踏まえて、先ほど菊田さんが財務大臣に御質問されておりましたけれども、今日、補正予算案が国会…
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片山さつき(自民)財務大臣・内閣府特命担当大臣(金融)
かつての藤井裕久大蔵大臣に随行してアジア開発銀行の総会に行った日を懐かしく思いますが。
まさにおっしゃるとおり、予備費につきましては、財政法第二十四条の規定に基づいて、その時々の状況を踏まえ、予備費として相当と認められる金額をまさに予見し難い予算の不足に充てるため、適切に計上するというのがこれはもう原理原則でございまして、財務大臣も御経験の元総理におかれましては、そういう答弁を私どもが野党のときにされていたのをよく覚えておりますけれども。
今回補正予算を組みましたときに、中東情勢でございますね、これが、今までも、不透明なので予備費とか、あるいは予備費…
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- (上の発言)
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野田佳彦(中道)
私どもも、リーマン・ショックの後に、経済緊急対応予備費という形の特定目的の予備費で、その運用で助けられたこともありますので、助けられることはよくあるんですけれども、常態化しちゃいけないということを申し上げています。正常化に向けた努力を是非していただきたいということを申し上げさせていただきたいというふうに思います。
次に、令和六年度の一般会計予備費は、一兆円の枠組みの中で六千九百五十八億円使われることになりましたけれども、これは元々一兆円の枠ではなくて、令和五年の十二月二十二日には五千億円で閣議決定をしていました。それが、令和六年の一月一日に能登半島で大きな地震が発生をしたことによって、一月十六日に五千億円の増額をして計一兆円で、令和六年度の一般会計予備費は一兆円になったという経緯だったというふうに思います。
今日も、大雨が降って、そして河川の氾濫等、心配な状況であります。自然災害が起こって、それに対する対応で、大きな被害が出た場合にはまずは予備費を充てるということはいつもやってきた対応だと思いますけれども、それだけではなくて、被災地の皆さんに見通しを持って、そして希望を持ってもらうためには、やはり早急に補正予算を組むというのが今までの一般的なパターンだったと思うんです。
令和六年度に関しては、補正予算はなかなか組まなくて、ずっと予備費で数次にわたって対応する。最初に発生するのは予見できないから、予備費対応はいいと思いますよ。でも、何度も何度も閣議決定で予備費で対応するというやり方は、これは異例というか異常だったと私は思うんです。
例えば阪神・淡路大震災のときは、私は衆議院の一年生でありましたけれども、一九九五年の一月十七日に発災をして、二月二十四日、一月後に一兆二百二十四億円の補正予算を組んで、そして二月二十八日に国会成立であります。同じように、東日本大震災のときは、財務大臣でありましたけれども、二〇一一年三月十一日に発災をして、四月二十二日には四兆一千五百億の補正を組み、そして五月に成立をしています。熊本地震も、十年前でありましたけれども、発災してほぼ一か月後に補正予算を組んでいる。
なぜ能登については予備費だけで小刻みに対応しようとしたのか、その背景を御説明いただきたいというふうに思います。
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片山さつき(自民)財務大臣・内閣府特命担当大臣(金融)
令和六年、二〇二四年の一月一日に発災した能登半島地震につきましては、発災直後である令和五年度における対応としては、当時、令和五年度中に活用可能だった予備費が四千六百億円超残っており、その時点での財政需要には対応可能であると見込まれたこと、それから、翌年度である令和六年度予算についても、発災から国会開会までに所要の概算決定の変更を行うことが可能であったことなどを踏まえまして、補正予算の編成ではなく、最も迅速かつ適切な財政面での対応として令和五年度の予備費を活用するとともに、予見し難いその後の財政需要に対する備えとして令和六年度の予備費を増額するとの対応を取…
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野田佳彦(中道)
どうしても、やはり被災地の皆さんにとっては小出しな対応としか思えなかったというふうに思います。
私も父親が富山なんですね。私は、千葉県で生まれ育ちましたけれども、富山二世なんです。能登半島というのは別に石川県だけじゃなくて、富山の一部も入っていて被災地に入っているんですね。ということで、令和六年度は何回かあの被災地に入りました。
被災地に行くたびに聞くのは、補正予算じゃなくて予備費対応で小刻みにやられていると。そのタイミングが、例えば知事が東京に出てきたときに何か予備費が決定されるとか、あるいは閣僚が石川県に入ったときに予備費の決定があるとか、その種…
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高橋克法(自民)総務副大臣
令和六年十月二十七日執行の衆議院議員選挙における選挙当日有権者数は、約九万五千五百人でありました。小選挙区における投票者数は約一万七千三百人となっておりまして、投票率は約一八・一%となっております。
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