谷浩一郎 (参政党)

2026年5月13日・第221回国会 衆議院 外務委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 90 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 116 発言)

参政党の谷浩一郎でございます。

本日も質問の機会をいただきまして、誠にありがとうございます。

本日、私が取り上げるテーマは、東シナ海における日本の海洋戦略についてです。

まず冒頭、重要な点を整理しておきたいと思います。

本日取り上げる日韓大陸棚共同開発区域そして東シナ海の日中中間線をめぐる問題、これは、法的枠組みも、相手国も、地理的条件も異なる別問題であります。しかし、その根底には共通する問題があります。それは、東シナ海において日本が長期的な国家戦略を示せず、政治家が外交的配慮を理由に五十年間先送りしているという点です。

一九六八年、国連アジア極東経済委員会、いわゆるECAFEの調査によって、東シナ海に石油、天然ガス資源の可能性があると指摘されてから既に半世紀以上が経過しました。

お手元の資料を御覧ください。

東シナ海の海底には石油、ガスが眠っており、九州の西にある日韓共同開発区域には巨大な原油埋蔵の可能性があると言われています。中国は日中中間線沿いの東シナ海にプラットホームを建設し、中国は制度的な既成事実を積み重ねています。一方、日本は、検討、調整、協議を繰り返しながら、何ら目に見える進展がないままに、二〇二八年六月には日韓大陸棚協定が期限を迎えます。残り時間は僅かです。

そこで、本日は、なぜ日本は五十年間動かなかったのか、中国が行動を積み重ねる中、日本はどうするのか、そして、日米連携という選択肢をどう考えるのか、この三点について伺います。

まず、日韓共同開発区域について伺います。

一九六八年のECAFEの調査で、東シナ海、尖閣周辺に膨大な海底資源が埋蔵されている可能性が指摘され、それまで尖閣諸島に対し特段の主張をしていなかった中国政府や台湾当局が動き出しました。まず一九七一年六月に台湾当局が、次いで同年十二月には中国外交部が、相次いで独自の領有権を主張する公式声明を発表しました。まさに、海底資源の存在がクローズアップされた直後から主張が開始されたと言っても過言ではないと考えます。

その後、日本と韓国は、日韓大陸棚協定を締結し、九州西方において共同開発区域を設定しました。一九七〇年代から一九八〇年代にかけて、この海域では複数回の試掘が行われたと承知しています。その中では、一部坑井で油兆、いわゆるオイルショーやガス兆候が確認されたという指摘もあります。しかし、当時は原油価格、深海掘削技術、採掘コストなどの制約から商業化には至らなかったとされ、その後、日韓共同開発協定のプロジェクトは停滞します。

また、東シナ海における油田の開発については、二〇〇五年に中川昭一経済産業大臣が帝国石油への試掘権付与を決断しましたが、その後任として就任した別の大臣の下で、対中配慮が優先されたのかどうかは分かりませんが、実際の試掘には至りませんでした。

ここで、経済産業省に伺います。

当時の日韓共同開発区域の試掘結果について、政府としては現在どのように評価をしているのでしょうか。二〇〇五年に経済産業省は日本の民間企業に東シナ海における試掘権を付与したにもかかわらず、その後、実際の試掘に至らなかった理由は何でしょうか。また、近年の深海掘削技術や三次元物理探査技術の進展を踏まえ、改めて資源ポテンシャルを再評価する必要があるとは考えないのでしょうか。よろしくお願いいたします。

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