皆様、おはようございます。立憲民主・社民・無所属の塩村あやかでございます。
早速質疑に入らせていただきたいと思います。
まず、官房長官にお伺いをしたいと思っております。
資料の一を御覧ください。
皆さん、フィリピン残留日本人二世の問題を御存じでしょうか。私はこれまで、この三、四年間、ずっとこの問題を取り上げ続けてきました。知らない方のために少しだけ簡単に、はしょって説明をすると、戦争が始まる少し前、日本から多くの移民がブラジルとかフィリピンに出稼ぎに行っていました。そして、その地で住んで、家族をつくって暮らしていたと。そして、戦争が始まったことによりまして、現地に住む日本人の男性たちは現地で日本軍に徴用されていくと、日本軍として一緒に戦っていくという形になりまして、その多くが戦死をして、その家族の元に戻ることはありませんでした。当時、フィリピンも日本も父系血統主義を取っておりまして、父親が日本人であれば、生まれた子供は母親がフィリピン人であったとしても日本人として出生をしてきたという形になります。そして、その後、残念ながら、国籍がないまま、戦後、今に至るまで生きている日本人の方がいらっしゃるということなんです。
これまで、事態を重く見たフィリピン政府などが救済をして、もうフィリピンの国籍を与えるということもしているんですが、いまだに貧しい地域もあって、そして日本人として生まれてきたからということで、国籍を持たずに貧しいまま暮らされる方もいるという形になっております。
これがこの前提なんですが、先般、日本人の方四人が家裁に日本人であることを認めてほしいという形で就籍の申立てを行いました。この四人の方は、全て皆さんDNA鑑定で親族との関係がもう分かっている皆さんなんです。そして、親族の方も認めてほしいと言っているんですが、戦争のとき、フィリピンの戦争を皆さん思い出していただければ分かると思うんですけれども、知っている方は御存じだと思います。かなり激しい戦争だったということで、教会で式を挙げた皆さんなどは、その結婚の証明などが焼けて焼失してしまっていたりとか、そして、日本軍が大変に厳しいことを現地でしたということもあり、親が日本人であることを隠しながら二世の皆さんは生きてきたということもあり、その証明を親や親族などが焼いて捨てるというようなこともあって戦後生きてきたということになっています。
そうした皆さんの救済をしなくてはいけないということで、これまでも、この数年間、しっかりと政府には頑張ってきていただいたんですが、残念ながら、この資料のとおり、結婚の証明が残っていないので、DNA鑑定をして親族と判明しても日本人ということは認めることができないということで、切られてしまいました。
戦後八十年がたっており、今申立てをしている皆さんは難しいケースが残っているということになるんです。これ、親族の皆さんも大変落胆しておりまして、早く認めてほしいとおっしゃっているんですが、こういう結果になってしまっています。
様々な問題があるのは承知の上なんですが、是非、官房長官にこうした皆さんに一言声を掛けていただきたいと思います。お願いいたします。
1
北村経夫(自民)
ただいまから内閣委員会を開会いたします。
政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。
内閣の重要政策及び警察等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣官房内閣審議官門松貴君外二十三名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言のページ
2
北村経夫(自民)
御異議ないと認め、さよう決定いたします。
─────────────
この発言のページ
3
北村経夫(自民)
内閣の重要政策及び警察等に関する調査を議題とし、質疑を行います。
質疑のある方は順次御発言願います。
この発言のページ
- (上の発言)
4
塩村あやか(立憲)
皆様、おはようございます。立憲民主・社民・無所属の塩村あやかでございます。
早速質疑に入らせていただきたいと思います。
まず、官房長官にお伺いをしたいと思っております。
資料の一を御覧ください。
皆さん、フィリピン残留日本人二世の問題を御存じでしょうか。私はこれまで、この三、四年間、ずっとこの問題を取り上げ続けてきました。知らない方のために少しだけ簡単に、はしょって説明をすると、戦争が始まる少し前、日本から多くの移民がブラジルとかフィリピンに出稼ぎに行っていました。そして、その地で住んで、家族をつくって暮らしていたと。そして、戦争が始まったことによりまして、現地に住む日本人の男性たちは現地で日本軍に徴用されていくと、日本軍として一緒に戦っていくという形になりまして、その多くが戦死をして、その家族の元に戻ることはありませんでした。当時、フィリピンも日本も父系血統主義を取っておりまして、父親が日本人であれば、生まれた子供は母親がフィリピン人であったとしても日本人として出生をしてきたという形になります。そして、その後、残念ながら、国籍がないまま、戦後、今に至るまで生きている日本人の方がいらっしゃるということなんです。
これまで、事態を重く見たフィリピン政府などが救済をして、もうフィリピンの国籍を与えるということもしているんですが、いまだに貧しい地域もあって、そして日本人として生まれてきたからということで、国籍を持たずに貧しいまま暮らされる方もいるという形になっております。
これがこの前提なんですが、先般、日本人の方四人が家裁に日本人であることを認めてほしいという形で就籍の申立てを行いました。この四人の方は、全て皆さんDNA鑑定で親族との関係がもう分かっている皆さんなんです。そして、親族の方も認めてほしいと言っているんですが、戦争のとき、フィリピンの戦争を皆さん思い出していただければ分かると思うんですけれども、知っている方は御存じだと思います。かなり激しい戦争だったということで、教会で式を挙げた皆さんなどは、その結婚の証明などが焼けて焼失してしまっていたりとか、そして、日本軍が大変に厳しいことを現地でしたということもあり、親が日本人であることを隠しながら二世の皆さんは生きてきたということもあり、その証明を親や親族などが焼いて捨てるというようなこともあって戦後生きてきたということになっています。
そうした皆さんの救済をしなくてはいけないということで、これまでも、この数年間、しっかりと政府には頑張ってきていただいたんですが、残念ながら、この資料のとおり、結婚の証明が残っていないので、DNA鑑定をして親族と判明しても日本人ということは認めることができないということで、切られてしまいました。
戦後八十年がたっており、今申立てをしている皆さんは難しいケースが残っているということになるんです。これ、親族の皆さんも大変落胆しておりまして、早く認めてほしいとおっしゃっているんですが、こういう結果になってしまっています。
様々な問題があるのは承知の上なんですが、是非、官房長官にこうした皆さんに一言声を掛けていただきたいと思います。お願いいたします。
5
木原稔(自民)内閣官房長官
まずは委員のこれまでの取組に敬意を表します。
まず、フィリピン残留日系人の方々におかれては、長年にわたるその御苦労と困難の中で、それでも地域できずなを育まれてきたこと、このことにも敬意を表したいと思います。同時に、全ての残留日系人の方々の国籍取得がいまだ実現していないということは、非常に残念で悲しい現実だというふうに私は感じます。
日本政府としては、関係者の方々の高齢化というものが進む中において、希望する方々の一日も早い国籍取得や、あるいは一時帰国に向けた支援を進めることが重要であるというふうな認識であります。このような考えから、フィリピン残留日系人…
この発言のページ
6
塩村あやか(立憲)
ありがとうございます。
皆さんも八十歳を超えていらっしゃいます。親族の方もDNA鑑定で認められていて、一日も早い国籍回復、就籍をというふうに願っておられます。そして、希望している方の中には、国籍もないわけですから、いまだ一度も日本の地を踏んだことがないという方もいらっしゃいます、貧しく暮らしてきた方も多くてですね。
ですので、私は、三年前だったかな、クラウドファンディングを立ち上げて、この写真のカナシロ・ロサさんの沖縄への訪問を手伝ってまいりました。それ以降、本当に政府からは多大なその支援をいただいて今に至り、そして、今年、初めて公費を使っての帰国事…
この発言のページ
7
あかま二郎(自民)国家公安委員会委員長・内閣府特命担当大臣(防災・海洋政策)
これは、済みません、これまでの答弁はそのような形でよろしいかという御質問でよろしいでしょうか。(発言する者あり)はい。
この発言のページ