秋野公造 (公明党)

2025年12月2日・第219回国会 参議院 厚生労働委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 140 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 280 発言)

公明党の秋野公造です。お役に立てるように質疑をしたいと思います。

今日、國土理事長、お忙しいところお運びを賜りまして、本当にありがとうございます。

十一月の二十七日の質疑で、後ろから五枚でありますけど、資料の二の八以降につきまして、一部の専門家が作成したコロナの診療の手引き、二度ほど国会で修正を求めまして、厚労省は迅速に対応をしてくださいまして、結果的に五学会によるコロナの診療指針ができたということ、多様な主体の連携でより良いガイドラインを作成するということの重要性につきまして前回議論をさせていただきました。

どうしても、独法とか特殊法人とかは、国からたくさんの仕事を任せられると、それが力とか、予算がたくさん配分されたりすると、そこを勘違いして自分たちだけで物事を進めようとする。それはえてして多様な主体の連携とは逆の方向に行ってしまうということが起こり得るという問題意識を持って、今日、理事長にお運びを、来ていただいております。

一例、理事長も関わってくださって大きく仕事をしてくださった事例を挙げて質問をしたいと思いますけど、一ページ目、御覧くださいませ。

私、二〇一七年九月五日、これは政府、厚生労働省が開催をいたしましたエイズ医療体制構築二十周年記念式典、出席をいたしまして、当時の加藤厚労大臣の後に御挨拶いたしました。国の式典で大臣の後に私のような一議員がお話をするというのは極めて異例なことだろうと思いますが、その背景が、下に、社会福祉法人はばたき福祉事業団のホームページからうかがえます。すなわち、いわゆる被害者、薬害HIV訴訟の皆さんの肝移植の研究班の設置に尽力をされたという理由で私にお声掛けをいただいたものでありまして、國土理事長、当時から大きな御貢献をいただいている方であります。

右上を見ていただきますと、二〇〇六年、二〇〇七年、その研究班が設置された当時、薬害HIV原告団の皆様方は肝疾患で亡くなっていました。エイズで亡くなっていたのではなく、肝疾患で亡くなっていました。それも急死の状態でありました。つい最近まで元気だった方がじわじわ悪くなるのではなく、急に悪くなって亡くなってしまうということが相次いでおりまして、非常に混乱状態の中にあったということであります。

次のページ御覧いただきますと、当時のエイズ医療提供体制が構築する、これを求められた医療者とその周辺だけで議論すると、次のようなページのガイドラインとなってしまいまして、すなわち、HIVとC型肝炎ウイルスの重複感染が起きたならば、肝硬変に進行するのが早い、三十八年ぐらい掛かるものが二十六年になる、こういったようなガイドラインになってしまうということでありまして、これではとても急死が続いている被害者の皆様方の命を守ることはできないということで、当時のHIVの被害者の皆様方が、もうほかの先生方の力を得て命を守ってもらいたいということで、次のページ、三ページ目でありますが、長崎大学の肝移植のメンバー、兼松先生、江口先生を主任研究者として、國土先生に大きくお支えをいただいた研究班が大きく成果を上げてきたということで、次のページでありますが、薬害被害者の方々に対する肝移植も成功いたしまして、被害者の皆様方というのは本当に喜んでくださって、そして命が守られているということであります。

結果として、二〇〇六年、二〇〇七年には肝疾患で亡くなっていた方々の数は大きく減りました。正しい対策を打てばこうやって命を守ることができる。だから、多様な主体の連携で仕事を行って、衆知を集めて、そしてより良いガイドラインを作っていくということが極めて重要であります。

まず、厚労省、鷲見部長にお伺いをいたします。

多様な主体が連携して衆知を集めたこの研究班に対する評価につきまして求めたいと思います。

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