赤嶺委員の独自の御主張につきましては承りましたけれども、この安保三文書を改定する、これは明らかに、我が国を取り巻きます安全保障環境は一層厳しさ、複雑さを増している、戦後最も複雑で厳しい状況にあるのは間違いないところだと思っております。中国によります力若しくは威圧による現状変更の試み、さらには、北朝鮮は着実に核、ミサイルの開発能力を高め、さらに最近ではロシアとの間で軍事的な協力も進める、こういった状況にあるわけでありまして、我が国国民の安心、安全、生命財産、そして我が国の領土、領海、領空をしっかりと守っていくためにどうあればいいのか、こういう観点から安保関連三文書の見直しを行ってまいりたいと考えております。
茂木敏充 (自由民主党)外務大臣
2025年12月8日・第219回国会 衆議院 沖縄及び北方問題に関する特別委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 181 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 192 発言)
前後のやりとり
今度の補正予算には一括交付金として六十四億円が計上されておりますけれども、使い方は沖縄県次第だという大臣のお話でありますが、そもそもその額が十分だとは言えないんです。外出しされたものもあるとはいえ、一括交付金のピーク時に比べたら年間一千億円も減額されております。沖縄県が今、概算要求上の一括交付金の確保を要請しているのも、こうした背景があってのことであります。今回の事故を教訓にして、来年度予算でしっかり要望額を確保していくことを強く求めていきたいと思います。 運用は県が優先順位をつければいいんだとおっしゃいますが、一千億円も減らして、優先順位を沖縄県が決…
若干、時間軸について、御存じの上で言われているのかもしれないんですが、来年中の安保三文書の改定、それについては、高市総理が書籍の中で非核三原則の話をされたということですけれども、昨年の七月の段階で、安保三文書を来年中に改定するといったことは当然決まっていなかった話であります。
その上で、冷戦の終結後、これまで公表されました米国の核政策に加えまして、米国が我が国の非核三原則に係る立場をよく理解していること等を踏まえれば、現在核兵器を搭載する米艦船及び航空機の我が国への寄港、飛来、通過は想定されておりません。
昨年の書籍の話もあれば、今年の予算委員会でも高市首相は、来年の安保の見直しについて、非核三原則が厳格に入るのかということで明確な答弁はしていないわけですね。そのことを私は申し上げているんです。
アメリカが非核三原則を理解しているというのであれば、三原則の見直しが必要ではないと思います。核兵器が持ち込まれていないという政府の建前からすれば、非核三原則の検討の必要自体がないということになると思いますが、いかがですか。
- (上の発言)
赤嶺委員の独自の御主張につきましては承りましたけれども、この安保三文書を改定する、これは明らかに、我が国を取り巻きます安全保障環境は一層厳しさ、複雑さを増している、戦後最も複雑で厳しい状況にあるのは間違いないところだと思っております。中国によります力若しくは威圧による現状変更の試み、さらには、北朝鮮は着実に核、ミサイルの開発能力を高め、さらに最近ではロシアとの間で軍事的な協力も進める、こういった状況にあるわけでありまして、我が国国民の安心、安全、生命財産、そして我が国の領土、領海、領空をしっかりと守っていくためにどうあればいいのか、こういう観点から安保関連三文書の見直しを行ってまいりたいと考えております。
その中で非核三原則の見直しもあるのかどうか、今の説明では漠然として分かりません。
米軍占領下の沖縄にはアメリカの核兵器が配備されておりました。一九六〇年代から各種の核兵器が次々と持ち込まれ、最も多いときで千三百発が置かれていました。中距離核巡航ミサイル、メースBは、広島型原爆の七十倍の威力を持っていたとされます。伊江島では、低空で進入した戦闘機から核爆弾を投下するための訓練が行われていました。占領下の沖縄で大量の核兵器が持ち込まれ、使用に備えた訓練が行われていたことについて、外務大臣、これはどのように認識しておられますか。
赤嶺議員がどういう根拠等に基づいてお話をされているのか、なかなか、しっかりお示しいただかないと分からない部分はあるんですが。
日本に復帰する以前の沖縄におけます米国軍隊の核兵器の配備等につきまして、政府として承知をしておりません。この旨につきましては、従前から答弁をさせていただいているとおりであります。
私は自らの体験とこれまでのいろいろな資料に基づいて申し上げているのであって、政府が占領下の沖縄の核の状況を知らないことをもって私が根拠のないことを言っているかのように言うのは筋違いだと思いますよ。占領下の沖縄では大量の核兵器が持ち込まれていた。そして、私たちは核を枕にして寝ている、こんなふうに言われてきたんです。県民は、核の爆発や核戦争の危険と隣り合わせの生活を強いられました。 ベトナム戦争さなかの一九六八年には、嘉手納基地を飛び立とうとした米軍のB52戦略爆撃機が離陸に失敗し、爆発、炎上する事故が起こりました。もし核兵器を積んでいたら、もし数百メート…