おはようございます。立憲民主党の西川将人です。この度は質疑の機会をいただき、どうもありがとうございます。
黄川田大臣、この度は大臣就任おめでとうございます。
また、今日は、茂木大臣を始め英利政務官、そして政府参考人の皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。
私の出身地は北海道旭川市でありまして、現在も旭川市内に在住しております。幼少期より北方領土問題というのは大変身近な問題として認識をしてきておりました。幼少期、まだ当時は戦後三十年ほどしかたっておりませんでしたから、北方領土返還運動の熱量というのは今とは全く違っていたのかなというような実感もしております。「返せ!北方領土」というキーワードは、道内の至る所に立て看板が立っていたりとか、テレビコマーシャルで流れていたり、町の中の街頭放送なんかでもよく流れていて、私もいろいろな場所で目にしたり耳にする場面が多かったんですけれども、平成、令和と時代が変わる中で徐々にそのような機会も少なくなってきているのではないかなというふうに感じております。
北方領土問題は決して風化させてはならないという思いから、今日は北方領土問題一本に絞って質疑をさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
私が初めて北方四島を直接見たのは、今から三十八年前、私が大学一年生の頃でした。根室市の納沙布岬に望遠鏡が設置されておりまして、その望遠鏡を使って歯舞諸島を見るとロシアの建物がはっきりと見えて、本当にその近さに驚いたのを今でも鮮明に記憶しております。沖合には海上保安庁の船舶が停泊していて、ロシアの国境警備局の船舶も同じく停泊して、にらみ合うようにしてそこに停泊しているその光景が非常に焼き付いております。小さな漁船がたくさん出ていまして、その漁船で仕事をしている人たちの様子を見ると、海上保安庁に守られながら漁をしているというような印象を当時は受けました。日本の漁民がロシアに拿捕されるというニュースを当時からよく聞いていたものですから、そういった光景を見ると、緊迫した根室沖合の一端というのを直接かいま見た実感をしております。
そこで、北方対策担当大臣にお聞きしますけれども、大臣はお生まれが東京、現在の選挙区は埼玉でいらっしゃいますので、北海道とそれほどたくさんの御縁があったかどうか分かりませんけれども、令和元年に北方四島事業に参加されて北方領土の地を踏まれていたというふうに先般も述べられておりましたが、その際に現地で交流された一人一人のロシアの国民の皆さんの印象、どういった印象を持たれたかということをお聞きしたいと思います。
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茂木敏充(自民)外務大臣
今の御質問を聞きますと三点というより二点ということだと思うんですけれども、基本的に外務省と防衛省の間の連携がしっかり取れているかということであります。先ほど委員の方からも御指摘がありましたように、米軍の取扱いに関します事務を掌握する外務省の北米局長が日本側の代表を務めておりますけれども、代表代理としては外務省の北米局の参事官そして防衛省の地方協力局次長等も指名されておりまして、外務省、防衛省を始め関係省庁の連携はしっかり取れていると考えているところであります。
また、日米合同委員会の合意事項や議事録につきましては、日米間の忌憚のない意見交換や協議を確保…
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新垣邦男(立憲)
今外務大臣にお答えいただいたんですが、実態としてそうなっているのかなという疑問が残ります。日米地位協定、なかなか難しいんですが、ただ、本文と合意事項が真逆のところがあります。特に第三条、第五条、第十七条、その辺をやはり問題だなと思っているものですから、是非、地位協定の問題、合意議事録について更にこれから議論を深めていきたいと思っております。
時間が来ましたので、これで終わります。ありがとうございました。
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柚木道義(立憲)
次に、西川将人さん。
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- (上の発言)
116西西川将人(立憲)
おはようございます。立憲民主党の西川将人です。この度は質疑の機会をいただき、どうもありがとうございます。
黄川田大臣、この度は大臣就任おめでとうございます。
また、今日は、茂木大臣を始め英利政務官、そして政府参考人の皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。
私の出身地は北海道旭川市でありまして、現在も旭川市内に在住しております。幼少期より北方領土問題というのは大変身近な問題として認識をしてきておりました。幼少期、まだ当時は戦後三十年ほどしかたっておりませんでしたから、北方領土返還運動の熱量というのは今とは全く違っていたのかなというような実感もしております。「返せ!北方領土」というキーワードは、道内の至る所に立て看板が立っていたりとか、テレビコマーシャルで流れていたり、町の中の街頭放送なんかでもよく流れていて、私もいろいろな場所で目にしたり耳にする場面が多かったんですけれども、平成、令和と時代が変わる中で徐々にそのような機会も少なくなってきているのではないかなというふうに感じております。
北方領土問題は決して風化させてはならないという思いから、今日は北方領土問題一本に絞って質疑をさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
私が初めて北方四島を直接見たのは、今から三十八年前、私が大学一年生の頃でした。根室市の納沙布岬に望遠鏡が設置されておりまして、その望遠鏡を使って歯舞諸島を見るとロシアの建物がはっきりと見えて、本当にその近さに驚いたのを今でも鮮明に記憶しております。沖合には海上保安庁の船舶が停泊していて、ロシアの国境警備局の船舶も同じく停泊して、にらみ合うようにしてそこに停泊しているその光景が非常に焼き付いております。小さな漁船がたくさん出ていまして、その漁船で仕事をしている人たちの様子を見ると、海上保安庁に守られながら漁をしているというような印象を当時は受けました。日本の漁民がロシアに拿捕されるというニュースを当時からよく聞いていたものですから、そういった光景を見ると、緊迫した根室沖合の一端というのを直接かいま見た実感をしております。
そこで、北方対策担当大臣にお聞きしますけれども、大臣はお生まれが東京、現在の選挙区は埼玉でいらっしゃいますので、北海道とそれほどたくさんの御縁があったかどうか分かりませんけれども、令和元年に北方四島事業に参加されて北方領土の地を踏まれていたというふうに先般も述べられておりましたが、その際に現地で交流された一人一人のロシアの国民の皆さんの印象、どういった印象を持たれたかということをお聞きしたいと思います。
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黄川田仁志(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・こども政策・少子化対策・若者活躍・男女共同参画・地方創生・アイヌ施策・共生・共助)
私も委員と同じように大学生時代から北方領土問題には関心を持ちまして、私も大学時代に初めて根室市の納沙布岬に参りました。当時はソ連、ロシアの端境期にありましたが、黒い警備艇が通っているのを見て、こんなに近いところなのかというのも、委員と同じように驚いたのを鮮明に今でも覚えております。それ以来、北海道は結構行っておりまして、納沙布岬も今回で五度目の訪問ということになりました。
委員御指摘のとおり、それに遡ること令和元年九月に北方四島交流事業に参加して、択捉島をそのときは私は訪問いたしました。それが北方四島交流事業の最後の事業になってしまうことになるとはまさ…
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118西西川将人(立憲)
ありがとうございます。大臣もかなりいろいろとお若い頃から接してこられたということで、認識については一緒なのかなというふうに今聞かせていただきました。
話が変わりますけれども、先月の十一月八日になります根室市の納沙布岬において歯舞諸島を視察された際の大臣の御発言についてお聞きしたいと思います。
大臣は視察の際に、一番やっぱり外国に近いところですから、それはやっぱり目で感じるのが大切だと思いますのでと、歯舞諸島が外国であると受け取られかねない発言をされたとのことでありますが、その後の予算委員会でのおおつき紅葉議員からの質疑に対して、寒風吹きすさぶ中、話の…
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黄川田仁志(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・こども政策・少子化対策・若者活躍・男女共同参画・地方創生・アイヌ施策・共生・共助)
先ほども、私は大学の時代から、北方領土問題、また北方領土問題以外の外国との外交問題については関心を持っておりました。ですので、私は平素から、足を運ぶことができる先端といいますか、そういうところを自分の目で見て、領土問題や外国との距離感、これを実感して様々なことを考えるようにしてまいりました。こういう機会を捉えて多くの方々に、特に今は啓発活動が必要でございますから、若い人に、納沙布岬を始め日本の先端に行くといろいろな見えてくるものがございます、感じてくるものはございます、そういう思いで勧めてきたということ、領土問題を自分のこととして考えてもらいたいという思…
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