古賀千景君。
福山哲郎 (立憲民主党)
2025年2月19日・第217回国会 参議院 国民生活・経済及び地方に関する調査会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 91 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 104 発言)
前後のやりとり
申し訳ありません。
時間がなくなりつつありますが、藤井参考人に一言お願いをしたいと思います。
我々の周辺にはやっぱり様々な障害を持った方がたくさんいらっしゃって、その障害の特性を理解することで手が出せる、まあ怖くて手が出せないという場合ももちろんあるわけでありまして、そういう基本的な教育というんですかね、皆さんの共通理解を深めていくための身近な教育方法、あるいは我々が身近にできることで何か御示唆があれば教えていただきたいと思いますが。
学びという行為は、もう釈迦に説法かもしれませんが、知るということと分かるということの組合せ、知ることをもって分かったと思ったら大違いで、しかし、この知るということ、これは一番いいのはやはり出会うことです。私は、やっぱり障害を持った人に接することの機会を多く持つことが最高の学びであり、教育だと思っています。
以上です。
終わります。
- (上の発言)
古賀千景君。
今日はありがとうございました。 まず初めに、教員、私は教員出身ですので、教員は評価をするから何か子供が心を開かないみたいに言われるのは、私は長年やってきてとても傷つき、傷つくというか、とても悲しく思いました。そうではありません。教員、一生懸命子供が心を開いてくれるように精いっぱい接しているんです。そして、少しでも子供のことを分かっていきたいと、そのように思って日々尽力していることは是非御理解いただきたいなと思っております。 藤井参考人にお願いをします。 私は教員でして、四年生の頃に国語の教材で、ルイ・ブライユ、点字を作られた方ですね、の話があったと…
大事な指摘です。 私は、私も実は教員やっていたんです、障害児学校でね。やっぱりずっと思っていたことは二つあって、一つは、インクルーシブ教育のその本当の本質は、障害児が普通学校に入っていくということは外形的なことなんだけれども、今の普通学校のこの競争原理、受験競争等があってですね、この中に障害児が入っていくということはとってもこれ至難なこと、難しいことではないか。 しかし、それは物事の初めとはどこかから始めるわけなんで、例えば一つのアイデアとして、どの子も基本的には学籍の基本は地域の学校に置くと、本籍は共通。その上で、自分の選択として、あるいは一定期間…
共に生きる、共に学ぶということでしっかりやっていきたいと思うし、私は当事者の方から言われた言葉でとてもそうだなと思ったのは、自立は、自分で生活ができることではなくて、助けてと言えることが自立なんだということをとても心に響いています。私も頑張ります。
ありがとうございました。