奥田知志認定NPO法人抱樸理事長

2025年2月19日・第217回国会 参議院 国民生活・経済及び地方に関する調査会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 40 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 104 発言)

私は、家族機能の社会化という言葉を長く使ってきたんですが、最初の頃は、よく勘違いされたのは、これ養子縁組の話ですかみたいな、もう一気に従来の家族イメージで家族になろうと言っているんだというふうに。ただ、それは余りに漠としてイメージが伝わらないんですね。

ですから、この当事者同士のコミュニケーション、私、先ほど藤井参考人がおっしゃった、避難訓練は実は出会いの場所だとおっしゃった、それはすごい、ちょっとメモをさせていただきましたけれども、結局うちもそうなんですね。お葬式とか家族の行事ごとを一緒にすることでコミュニケートが深まるという。

例えば、お葬式はもう一番典型的で、あっ、次は俺の番かもしれないと思いながら出ているわけですよね。そうすると、今お葬式やっている人に熱心に関わろうとするのは、いずれ自分の番が来たときに自分もそうしてもらうんだという、そういうやっぱり行事ごとというか事柄でステージをつくっていくと。理念とか、何かその相談とかというそういう、カウンセリングとかそういうことだけじゃなくて、それよりかは、一緒に食べるとか、一緒にお葬式するとかという、こういう場面をどんどんつくっていく方が早かったですね。

とはいえ、いわゆる障害概念でも、介護の概念、つまり身体的概念では測れない人間の生きづらさというのがありますので、どうしてもコミュニケーションがうまく取れない人、最近は大人の発達障害みたいな言い方で一くくりされたりしますが、それでさえうまく掛からない人がいるわけですね。だから、そういう、僕らからしたらあの人不思議よねというようなコミュニケーションが難しい人がいる。こういう方々に関しては、やはりいろんなアプローチを、どちらかというと質より量だというのが私の考え方で、一つの高い質のアプローチをして解決するというイメージよりかは、たくさんの糸でつなげていくという方が何かに引っかかってくるという、そういうイメージですね。

以上です。

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