奥田知志認定NPO法人抱樸理事長

2025年2月19日・第217回国会 参議院 国民生活・経済及び地方に関する調査会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 14 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 104 発言)

先生おっしゃるとおりだと思います。

いっとき、集住ですよね、一つのところでみんなが集まるような町づくりが必要になるという議論がありましたけれども、実際には進まなかった。それはやっぱり住み慣れたところでずっと住みたいというところですね。

そのところにおいて、とはいえ、今回、例えば昨年の四月の生活困窮者自立支援制度の改正案の中に、住居確保給付金の拡張というのが国会で決めていただきました。

それは、住居確保給付金というのは、今までは家賃の補助だったんですが、今後起こり得るダウンサイズですね。例えば、高齢夫婦二人で暮らしているときに、今、基礎年金満額もらうと約十四万です。ただ、満額もらっている人がそういないという問題がもう一つあるんですが、例えば十四万の年金でいうと、五万円の家賃を払っていても残り九万ですから、二人で九万円の生活費と。これが、お一人が召されると、一人七万円弱ですから、五万円の家賃を払うともうここでアウトになるんですよね。それで、ダウンサイズをするときの転居費用を国が保障しようというのが今回改正で通った、通していただいたところでありまして、こういう局面が来ると思うんですね。住み慣れたところにずっと住んでいたいけれども、実際、家賃が払えない。そのときに、ダウンサイズなりなんなりというところで、転居ということになっていくわけですね。

だから、この辺りで、無理やり、無理から転居してもらうのは無理なんですが、悲しいかな、現実としてはダウンサイズ等の転居という。あるいは、自宅を持っていたんだけれども、もうその広い自宅管理できないというところで、あれは鴨長明ですかね、手の届く範囲の家がいいとかいう話が昔ありましたけれども。そういう話でいうと、やはりどこかで転居のタイミングが来ると、そこのところをちゃんとサポートするという。

ただ、そのときに、考え方としては、今日、私はプレゼンの中で、御報告の中で支援付き住宅という表象を使いました。しかし、事柄の本質からいくと、住宅付き包括支援です、今必要なのは。支援付き住宅となると、結語が住宅なのでここに一番の重きが置かれるんですね。この住宅を成立させるために支援付きというものが要ると。

でも、今後は多分住宅は変わっていきます。一軒家に住んでいる時代、ダウンサイズする時代、いっとき施設に入ってまた地域に戻ってくるという。こういう住宅というそのベースの部分が形として変わっていけども、支援体制自体が変わらない。そこは普遍的に、こういうのを伴走型の支援と呼んでくるわけですけれども、制度でぶつ切れになるんじゃなくて、制度が変われど伴走型でずっとつながり続けている。

ですから、国の制度、政策の議論もやっぱり支援付き住宅という議論でずっと、まあ住宅政策だったんですね。それが居住政策、つまりサポートが付いているような概念に変えようというのが次の段階でしたけど、私は、大本からいうと、住宅が結語じゃなくて住宅付きの包括支援体制という、ここの部分をどう地域共生社会の議論の中で、あるいは社会福祉法百六条第三項の包括支援体制というものの中でどう構築するかということがあれば、住み慣れたところから多少移動してもつながりが続いている場合は、公営住宅利用も含めて、その住宅の変化には耐え得るんじゃないかというふうに思うんですね。

それが、非常に極端な例ですけれども、阪神大震災のときには、仮設住宅がほとんど元々住んでいた地域性を無視して優先順位で入れましたので様々な問題が起こって、それ以降は、やっぱりその集落ごととか共同体ごとに移住するというような発想にどんどん変わっていった。東日本大震災もそうでしたけど、今回の能登もそうですね。

ですから、やはりコミュニティーが先なんですね。コミュニティーとかそのつながり、あるいは包括的支援というものを先立てて考えていったその次に住宅の問題が出てくると発想の転換をしない限り、住宅だけを合理的にあっち行け、こっち行けとやるのは多分無理な議論になると。

少しちょっと漠としたお答えで、具体的なお答えになっていないかもしれませんが、現場で三十何年やってきてやはり結局何が必要だったかというと、住宅の確保だけではなくて、つながり続けるという、最期の瞬間、お葬式まで一緒にいてくれるという、そういう町というか、そういうコミュニティーをつくれば、住宅の変化はそれほど大きな問題にはなりませんでした。

以上です。

前後のやりとり

10の発言を見る

18の発言を見る