広瀬佳一防衛大学校人文社会科学群教授

2025年2月19日・第217回国会 参議院 外交・安全保障に関する調査会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 45 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 90 発言)

これは報告でも少し申し上げましたけど、いかにその国際法違反であれ、日頃何も準備していない国には誰も助けてくれないという非常にシンプルな教訓で、みんなが助けようと思うのは、やっぱりその国がそれぞれいろんなところに協力をしたり、コストとリスクを掛けて協力したからこそ周りの国も、じゃ、自分たちも協力しようよということになるわけで、日本は冷戦後に、湾岸戦争のときにお金しか出さないじゃないかというかなり批判を受けて、お金しか出さない国に人や物を出すかという、こういうトラウマみたいなのがあったと思うんですね。

それは、例えばカンボジアに陸上自衛隊が行ったりしたことによって部分的には解消されていますけれども、まだなかなかそういう理解には必ずしもなっていないと思いまして、例えば、NATO加盟国、全てのNATO加盟国が参加したアフガニスタン、二〇〇三年から二〇二一年まで続けていましたアフガニスタンのミッションですけど、日本も参加する機会はあったと思うんですけれども、調査団も派遣して、例えば、CH47のような陸上輸送のヘリコプターを派遣するとか医師団を派遣するとかといったような話はありましたけれども、結局、いろいろと議論した結果、やはりリスクが高いという割と国内向けの理由で、普通はリスクが高いから軍隊を出すんですけれども、日本の場合はリスクが高いから自衛隊はやめておこうというふうになるんですね。

それで、出せないということで、アフガニスタン、特に私も印象的なのは、二〇〇七年ですか、防衛省、防衛庁が防衛省になって、そして元安倍総理がこれからは日本は防衛省になって世界の安全保障に貢献するんだという演説をNATOの理事会で行ったんですけれども、そのときは、だから、当時のNATOの方々に聞いてみると、あっ、アフガニスタンに日本も貢献してくれるんだと思ったそうなんですけれども、やっぱりそういういろんな検討した結果、日本は何もしませんでした。外務省が一部その草の根援助から資金を出しましたけれども、人の援助はほとんどしていませんので、そういった国であることは今までも変わってないわけです。

ですから、その意味で、日本にとっての教訓は、やっぱりウクライナを見れば、ああいう前世紀的な戦争はいまだに起こるので、それに対してやっぱりお金だけではこれは日本の生き方としてはまずいのではないか、それが東アジアで何か起きたときのことを考えたときの大きな教訓ではないかというふうに思います。

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