藤巻健史 (日本維新の会)

2025年5月14日・第217回国会 参議院 地方創生及びデジタル社会の形成等に関する特別委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 111 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 186 発言)

理想としてはすばらしいんですが、それ可能かどうか、そんなめちゃくちゃなお金を費やしていくんであれば話は別ですけどね。それが可能かどうかというのは、やっぱりここまで人口減少と財政が問題になったときには考えるべきだと思うんですよね。

元々、前回もちょっと申し上げましたけど、私は、地方が皆同じようなことをやって金太郎あめみたいな日本ができるよりは、人口が減ってもいいんだけれども、古きその良き日本が残って、かつその里山が残って、都会の人が行ってすばらしいなと思うようなところが残れば、これまた観光、すごい観光資源になって、人口が減っていてもそこに住んでいる人たちは豊かな生活ができるんじゃないかなと私は思うんですよね。それは別にこれを主張、この主張を押し付ける気はないんですけど、そういうことまで考えて、地方再生って、やれやれ、じゃ、ちょっと今難しいのかなというふうに思います。

次の質問に行きますけれども、地方再生を言われるときには、やっぱり基本的な概念として、都市部が豊かな生活をして地方がまだちょっと幾分貧しい、格差があるというような発想でいろんなことができていると、出てきているのではないかという印象を受けるんですけれども、でも普通に考えると、ちょっと考えてみると、地方の方が豊かな点って随分あるわけですよね。例えば、というか、目に見えない再分配もあるわけですよ。

例えば、昔でいうと、国鉄時代、国鉄の方が私鉄よりも運賃が高かった。それはなぜかというと、地方の鉄道のために都心の人たちから得た運賃を回していたからというような話であって、結構見えないところで東京から地方へのお金も流れていたわけですし、それから、例えば公務員の方でも、地方の方、公務員がリタイアすると、その近くに別荘を買えて、非常に豊かな生活。東京、大都市の公務員が退職しても、まさか近くに別荘を買う、二重生活できるなんてことは到底あり得ない。

それから、例えば百三万円の壁、この前ありましたけど、生活費がどうのこうのということで結局課税最低限が上がりましたけど、東京の人の百三万円と地方の方の百三万円は意味が違うわけですね。百三万円、かなり地方の方が豊かな生活が、物価等を考えるとね。

ということで、そういうときになると東京の人も地方の人も公平、平等だという話で議論が進むわけで、そういうことを全て考えると、決して、地方が貧しくて東京だけが豊かだから配分するというか格差是正という概念は、ちょっとこれ、全く間違いとは言いませんけれども、多少修正して考えていただく必要があるんじゃないかなと思いますけれども、いかがでしょうか。

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