お答えします。
例えばソファーの、私、ソファーを作っている業者が集積している場所にコロナの前から行っておりますが、一九八〇年代前半は五軒ぐらいしかそういう業者がいなかった。今はその十倍ぐらいに増えております。最初にそれを始めた方というのが、イギリスが植民地時代につくって残した職業訓練学校でソファーの作り方を教わった方なんです。彼が伝えた規格が周りの人にまねされてどんどん広がっていったという歴史がございます。ですから、外来の知識で彼らが摂取しやすいことはかなり早く伝わるということがございます。
元々はケニアで作ったくぎ、ケニアで作った布、そういったもの、巻尺もそうだったかもしれませんが、巻尺は日本製だったかもしれませんけれども、これを使っていたんですが、もっといいものが新興国から入って、逆にそれを作っているケニアのフォーマルな企業は潰れていっている。これがケニアで脱工業化というものが起こっている原因だというふうに思います。もう手段は一個しかなくて、インフォーマルなセクターをフォーマルセクターに伸ばしていくということで。
ただ、先生がおっしゃったことで一つだけほかの国と違うのは、ケニアの場合、あるいはアフリカの場合、国ができたのは一九〇〇年前後ですので、領域としてできたのは、独立したのは一九六〇年より後ですから、国の歴史というのがとても弱い。信頼関係が民間セクターと国との間に日本のようにはないということが大変重要な問題だと思います。
お答えになっていれば幸いです。
47高高橋基樹京都大学名誉教授/神戸大学名誉教授
全部若い人たちがどおっと寄ってきて、協力して引き揚げます。あばら家のような店の建物の中に引き揚げます。(発言する者あり)
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石井浩郎(自民)
挙手の上、許可を得て発言してください。
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49
猪瀬直樹(維新)
はい。済みません。
巻尺は中国で、かね尺も、まあこれ残念だけど、こういう小物がどんどん入ってくるということなんでしょうかね。
それで、僕がちょっと気になっているのは、こういうそのインフォーマルな零細的な産業が生まれてくると、これは裾野が広いですね。ただ、これ、こういうものというのは、ちょっと不思議に思ったのは、我々は、経済史の普通の常識でいえば、古代があって、中世があって、近世があって、封建社会があって、近代になるわけですけれども、それ一気に抜いて、ぽおんと部族社会から現代に行くわけですね。でも、そういうときに、ちゃんとそのプロセスはある意味なくても…
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- (上の発言)
50高高橋基樹京都大学名誉教授/神戸大学名誉教授
お答えします。
例えばソファーの、私、ソファーを作っている業者が集積している場所にコロナの前から行っておりますが、一九八〇年代前半は五軒ぐらいしかそういう業者がいなかった。今はその十倍ぐらいに増えております。最初にそれを始めた方というのが、イギリスが植民地時代につくって残した職業訓練学校でソファーの作り方を教わった方なんです。彼が伝えた規格が周りの人にまねされてどんどん広がっていったという歴史がございます。ですから、外来の知識で彼らが摂取しやすいことはかなり早く伝わるということがございます。
元々はケニアで作ったくぎ、ケニアで作った布、そういったもの、巻尺もそうだったかもしれませんが、巻尺は日本製だったかもしれませんけれども、これを使っていたんですが、もっといいものが新興国から入って、逆にそれを作っているケニアのフォーマルな企業は潰れていっている。これがケニアで脱工業化というものが起こっている原因だというふうに思います。もう手段は一個しかなくて、インフォーマルなセクターをフォーマルセクターに伸ばしていくということで。
ただ、先生がおっしゃったことで一つだけほかの国と違うのは、ケニアの場合、あるいはアフリカの場合、国ができたのは一九〇〇年前後ですので、領域としてできたのは、独立したのは一九六〇年より後ですから、国の歴史というのがとても弱い。信頼関係が民間セクターと国との間に日本のようにはないということが大変重要な問題だと思います。
お答えになっていれば幸いです。
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猪瀬直樹(維新)
分かりました。
やっぱりそれ、やっぱりあれですね、イギリスのあれが、その情報が早く入った時期があったということですね。やっぱり種は近代から入っているということですよね。分かりました。
それで、更に続けてお尋ねしますが、三年前にウクライナ、ロシアが侵略したんですけど、それで対ロシアの非難決議ってあったわけで、そのときにアフリカ諸国が賛成しないで、経済制裁ですね、これは棄権に回ったんですけれども、この辺はどういうふうに。
我々は、九三年からTICADがあるわけですけれども、我々はずっとこれ情報を提供してきたわけですが、その辺りの、こういう経済的な浸透し…
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52高高橋基樹京都大学名誉教授/神戸大学名誉教授
これは世界的に合意があることではなく、かなり日本の研究者の中の合意だと思いますが、まず、第三世界として、植民地時代にまとまって民族主義が盛り上がった一九五〇年代以前、どちらかというと、植民地支配をしていた国は西側の国であり、民族解放闘争を助けてくれた国はソ連であり中国である、これはとても重要な事実だろうというふうに思います。
それから、ここはかなり私見ですけれども、多くの欧米の国は植民地支配についてまだ謝罪をしていません。村山談話の段階に行っていないというのが私の理解です。そうであれば、過去自分たちが犯したことを、ロシアがウクライナに対してやったのを、…
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猪瀬直樹(維新)
分かりました。確かに、だから、その面では、歴史がないようであって近代があるから、そこの部分でやはりヨーロッパに対する反感というか、根底にあるということですね。非常によく分かりました。
質問これで終わります。どうもありがとうございました。
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