吉良よし子 (日本共産党)

2025年6月5日・第217回国会 参議院 文教科学委員会 第12号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 132 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 220 発言)

つまり、持ちこま数などは一切変わらないまま主務教諭という職責が課されて、それに伴う仕事だって増えるということは大いに考えられると、そういう状況なんだということなんですよね。

今回のこの主務教諭導入の参考にしたのが、東京都の主任教諭の制度だということを聞いているわけです。これ二〇〇九年から始まった制度なんですけど、東京の学校現場から聞こえてくるのは、やはり、そういった主任教諭の制度によって業務負担は増えているし、そういう、何か調整とか支え合いが進むよみたいな話が文科省されていますけれども、いや、むしろそうじゃなくて、そういう同僚性、共同というのが壊されているという話なんです。

制度ができる前には当たり前にやっていたことなのに、主任教諭になっていないのにやるのは損という思いが制度ができてから出てきましたと。主任教諭にやってもらってよねと思うというふうな声ですね。主任教諭という制度が出てきたから、じゃ、主任教諭がやればいいよねと。私は主任教諭じゃないから、それやらなくていいよねと。主任にはこの仕事やってもらって当然と、そういう雰囲気になって分断になっていくんだと。実際に主任教諭になった方からは、実際に確実にやるべき仕事が増えましたという声も聞いているところなわけです。

大臣、主務教諭の創設というのは負担軽減につながらない、むしろ学校現場の同僚性が破壊されて、主務教諭になった方など一部の教員にそういう業務が集中してしまうことになるんじゃないですか。いかがですか。

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