御質問ありがとうございます。
まず、その前文の話に入る前に、国の中に日本学術会議が特別の機関として現在存在するという点について御指摘いただきました。
私は、これは、日本国というものの歴史を考えた場合に、そしてまた、世界におけるナショナルアカデミーの位置付けを考えた場合に、非常に重要なことであると考えております。なぜかと申しますと、諸外国の先ほど挙げましたようなナショナルアカデミーというのは、もう十七世紀から存在しております。古い歴史を持っております。ところが、日本の場合には必ずしもそうではございません。まさに、日本国憲法の歩みとともに日本学術会議ができたと私は考えております。
そして、日本政府の中、内閣府の中にあるということの意味は、まさに、言わば、比喩的に言えば、学問に関する軍師を絶えず従えている。従えているという表現は従属的に聞こえるかも分かりませんけれども、諸葛孔明ですので、もう何でも言う。なぜかといいますと、それがこの国を自由で民主的な、文化的な国家、平和国家に仕上げるための一番大事なことであると。つまり、諫言というのは、これはもういつも耳に痛いわけでございます。
しかし、そういうこともきちんと評価をしながら、国の政策というのを国民的な視点から、しかも科学的な知見をきちんと踏まえて実現していくと。いつでもそういうことができる組織というのを内部に持っている、まあ言わば、常に一定の安全弁。これは国家の品格であり、あるいは国家の度量であり雅量であり、これは日本国というものの非常に重要な私は一つの宝であるというふうに考えております。
〔理事磯崎仁彦君退席、委員長着席〕
これが先生の前半部分の御指摘に関係する陳述でございますが、後半部分、後半部分の政府の、内閣府の理解は、まやかしだと私は思っております。つまり、より普遍的な文言に変更したんだというふうな説明がこの条文の趣旨として政府は語っておりますけれども、なぜ文化であるとか平和であるとか、それが普遍的ではないのかという説明はなされていない。しかも、例えば平和的復興という言葉が時代遅れだということだったら、平和的発展と、こんなすばらしい言葉が日本語ではございます。
今まさに、私は個人的には、日本学術会議は、本当に日本の中の小さな静かな村で、その村人たちが、自分たちの生活、使命、これを粛々と営み、実現していた。そういうところに突然何か巨大な権力が押し込んできて、この村全体はもうなくなるんです、出ていってください、自主的にお金を集めて何とかやりくりをしてくださいというふうに言われているのと私は余り変わらないと思います。
したがいまして、私は、そもそも経済社会の健全な発展、これ私すごく大事だと思います。ところが、一国の経済的な健全な発展というのは、私はあり得ない、あってはいけないというふうに思います。そういう国があるかも分かりませんけれども、私は、あくまでも世界平和、平和の中での経済的な発展、国民のウエルビーイング、その中での経済的な発展。経済的な発展という裏には、格差社会というものは必ず発生します。そういうものを克服できるような平和的な発展、公正な社会の実現、これがまさに現在の日本学術会議だったら私は可能ではないかと考えております。
したがいまして、私は、前文が消えるというのは、恐らく承継性、つまり現在の日本学術会議と新たな日本学術会議、つまり、もうほかの団体は日本学術会議と名のってはいけないというふうに条文に書いておりますので、新たにできる日本学術会議、そういうものとは完全に切断をするという。じゃ、なぜ切断をするのかというと、私、これいじめだと思います。なぜそういうふうにせざるを得ないかというと、これははっきり申し上げまして、任命拒否に徹底的に反対しているからでございます。
でも、不合理なことに、違憲、違法なことに反対しないで、もうその点はともかく、前向きにこれからは仲よく信頼関係を保ちながらやっていきましょう。まあそれでいいという人もいるかも分かりませんけれども、私は、私が考える国民の多くの方々、やはり筋を通す、こういう人たちには恐らく理解はしてもらえない、信頼を勝ち取ることはできないというふうに思います。
したがって、前文が消えるということは、完全に新しいものをつくって、つくり変えちゃうと。それはどういうものかというと、政府依存型のナショナルアカデミーをつくるということの象徴的な表現がここに表れているんじゃないかというふうに私は思います。
ありがとうございます。
79吉吉村忍東京大学名誉教授
科学者であるのに科学的なベースに基づいた発言にはなりませんけれども、法人化前の国立大学と現在法人化された後の国立大学でいうと、法人化されれば、もっと先生たち自由に好きなように研究できますよというふうに言われたところですけれども、現在は、その法人組織のいろんな維持とかいろんなことの管理運営のために、現役の先生方も大きないわゆる力をそこで使わなければいけない。
当然、大学のスタッフの方もそういうことに使わなければいけないということが起こっていまして、正直言って、先ほど研究教育と言いましたけれども、それに外部資金であるとか評価であるとか管理運営、特に、例えば…
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80
竹詰仁(国民)
今日は、御参考人の皆さん、ありがとうございました。以上で終わります。
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81
井上哲士(共産)
日本共産党の井上哲士です。
今日は、四人の参考人、貴重な御意見いただきまして、ありがとうございます。
〔委員長退席、理事磯崎仁彦君着席〕
まず、川嶋参考人にお聞きいたします。
他の参考人から、国を代表するアカデミーは政府の中に基本的に存在していないというお話がありました。ただ、日本の場合は、戦前以来、歴史があるということはあるけれども、八十年もたって、もう政府の中にいる意味とかいろんなことが問われているというお話もあったと思うんですね。
もちろん、学術会議はこの八十年間、様々な自己改革もされてきたわけでありますけれども、あの前文の中にある例えば…
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- (上の発言)
82川川嶋四郎同志社大学法学部法律学科教授
御質問ありがとうございます。
まず、その前文の話に入る前に、国の中に日本学術会議が特別の機関として現在存在するという点について御指摘いただきました。
私は、これは、日本国というものの歴史を考えた場合に、そしてまた、世界におけるナショナルアカデミーの位置付けを考えた場合に、非常に重要なことであると考えております。なぜかと申しますと、諸外国の先ほど挙げましたようなナショナルアカデミーというのは、もう十七世紀から存在しております。古い歴史を持っております。ところが、日本の場合には必ずしもそうではございません。まさに、日本国憲法の歩みとともに日本学術会議ができたと私は考えております。
そして、日本政府の中、内閣府の中にあるということの意味は、まさに、言わば、比喩的に言えば、学問に関する軍師を絶えず従えている。従えているという表現は従属的に聞こえるかも分かりませんけれども、諸葛孔明ですので、もう何でも言う。なぜかといいますと、それがこの国を自由で民主的な、文化的な国家、平和国家に仕上げるための一番大事なことであると。つまり、諫言というのは、これはもういつも耳に痛いわけでございます。
しかし、そういうこともきちんと評価をしながら、国の政策というのを国民的な視点から、しかも科学的な知見をきちんと踏まえて実現していくと。いつでもそういうことができる組織というのを内部に持っている、まあ言わば、常に一定の安全弁。これは国家の品格であり、あるいは国家の度量であり雅量であり、これは日本国というものの非常に重要な私は一つの宝であるというふうに考えております。
〔理事磯崎仁彦君退席、委員長着席〕
これが先生の前半部分の御指摘に関係する陳述でございますが、後半部分、後半部分の政府の、内閣府の理解は、まやかしだと私は思っております。つまり、より普遍的な文言に変更したんだというふうな説明がこの条文の趣旨として政府は語っておりますけれども、なぜ文化であるとか平和であるとか、それが普遍的ではないのかという説明はなされていない。しかも、例えば平和的復興という言葉が時代遅れだということだったら、平和的発展と、こんなすばらしい言葉が日本語ではございます。
今まさに、私は個人的には、日本学術会議は、本当に日本の中の小さな静かな村で、その村人たちが、自分たちの生活、使命、これを粛々と営み、実現していた。そういうところに突然何か巨大な権力が押し込んできて、この村全体はもうなくなるんです、出ていってください、自主的にお金を集めて何とかやりくりをしてくださいというふうに言われているのと私は余り変わらないと思います。
したがいまして、私は、そもそも経済社会の健全な発展、これ私すごく大事だと思います。ところが、一国の経済的な健全な発展というのは、私はあり得ない、あってはいけないというふうに思います。そういう国があるかも分かりませんけれども、私は、あくまでも世界平和、平和の中での経済的な発展、国民のウエルビーイング、その中での経済的な発展。経済的な発展という裏には、格差社会というものは必ず発生します。そういうものを克服できるような平和的な発展、公正な社会の実現、これがまさに現在の日本学術会議だったら私は可能ではないかと考えております。
したがいまして、私は、前文が消えるというのは、恐らく承継性、つまり現在の日本学術会議と新たな日本学術会議、つまり、もうほかの団体は日本学術会議と名のってはいけないというふうに条文に書いておりますので、新たにできる日本学術会議、そういうものとは完全に切断をするという。じゃ、なぜ切断をするのかというと、私、これいじめだと思います。なぜそういうふうにせざるを得ないかというと、これははっきり申し上げまして、任命拒否に徹底的に反対しているからでございます。
でも、不合理なことに、違憲、違法なことに反対しないで、もうその点はともかく、前向きにこれからは仲よく信頼関係を保ちながらやっていきましょう。まあそれでいいという人もいるかも分かりませんけれども、私は、私が考える国民の多くの方々、やはり筋を通す、こういう人たちには恐らく理解はしてもらえない、信頼を勝ち取ることはできないというふうに思います。
したがって、前文が消えるということは、完全に新しいものをつくって、つくり変えちゃうと。それはどういうものかというと、政府依存型のナショナルアカデミーをつくるということの象徴的な表現がここに表れているんじゃないかというふうに私は思います。
ありがとうございます。
83
井上哲士(共産)
ありがとうございました。
次に、上山参考人にお聞きいたしますけれども、今のとも関わりまして、先ほど来、川嶋参考人や吉村参考人からは、現在の学術会議は五要件を満たしていると。しかし、上山参考人の最初の陳述で、政府の中にとどまっている限り五要件は実現できないというふうに言われました。むしろ、法改正によってこの五要件が妨げられるというのがお二人の陳述だったわけであります。
有識者会議の最終報告書が取りまとめられたあの懇談会でも学術会議の光石会長は、残念ながら日本学術会議がこれまで主張してきた点について完全に反映されていないと言われましたし、この間国会でも懸…
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84上上山隆大政策研究大学院大学客員教授
五要件の一つ一つが世界のどのナショナルアカデミーでも基盤になっているものかどうかと、これちょっとまず分かりません。日本学術会議が出してきたこの五要件なるものが、全ての各国のアカデミーがこの五要件をもってアカデミーの基盤だと考えているとは私は承知はしておりません。
その一つ一つは極めて妥当なものだというふうに思っています、アカデミーとしては妥当なものだとは思っています。ただ、その一つ一つを、特に私が挙げた二点ですけれども、厳密な意味で確保しようとすれば、政府の中にいることとはやっぱり矛盾するだろうと。具体的に言うならば、全ての活動の独立性ですね。独立性と…
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井上哲士(共産)
政府の中にいると忖度が働くということがあったんですけど、吉村参考人にお聞きしますが、過去様々な提言とか出されたときに、自分たちはこの政府の中にいる組織やからちょっとこれは言わぬとこうとか、そういう忖度をされたような事実があるんでしょうか。
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