御質問ありがとうございます。
これも非常に重要な問題で、まず二つ、ちょっと簡単な言葉を説明させてもらいます。
EBPMという言葉をやゆして、一つこういう言葉があります。PBEMです。ポリシー・ベースド・エビデンス・メーキング、これは私の言葉じゃなくて、有名な欧米の行政学者が時々使う、皮肉めいて使う言葉です。要は、先ほどの話の延長線上にあります。自分の都合のいいエビデンスをつくるということですね。ポリシー・ベースド・エビデンス・メーキングじゃなくて、エビデンス・ベースド・ポリシー・メーキング。まあ、でも、これが実態です。
もう一つ申し上げると、なぜ我々はEBPMを根拠に基づく政策立案と訳すのか。ポリシーメーキングだから政策決定なはずです。それは何かというと、結局最後は価値判断になるわけですね。無駄かどうかという判断というのもこれも近いものがあって、Aさんにとっては無駄と感じて、Bさんにとっては無駄と感じないような政策というのはごまんとあるわけです。それは何かというと、価値判断。個人にとって大事か大事じゃないかとか違うからですね。そうなってくると、政策として本当に大事か大事じゃないか、無駄か無駄じゃないかというのは価値判断に依拠するので、その価値判断は最終的には政治のフィールドの中でどうなるかという議論になります。
したがいまして、政治のフィールド、それから行政のフィールドの中で大事なことは何かというと、政策をつくり上げていく礎の中でのエビデンスがいかに客観的であり、いかにこれが説得力があるかというところを競争してもらうしかないです。
はっきり言って、一つの科学的なエビデンスなんて存在しません。このコップを見ても、上から見れば丸だし、横から見れば長方形です。いろんな視点で見るといろんな考え方が生まれてきます。エビデンスも一緒です。見方さえ変えればいろんな答えが出てきます。したがって、それは競争してもらうしかないということですね。その中で議論を深めていって、最終的に選んでいただくということが大事じゃないかと思います。
以上でございます。
50
里見隆治(公明)
どうもありがとうございました。
以上で終わります。
この発言のページ
51
石井苗子(維新)
日本維新の会の石井苗子です。
参考人の皆様、細かいところまでの御示唆をいただきありがとうございます。
私は、国と地方の行政の役割分担に関する件について、国と地方自治体との間で無駄を感じるときはどのようなときかという質問を三名の方々それぞれにお聞きしたいと思います。
BバイCの確保という面も含めまして、まず飯島淳子参考人には、「権限の集中と分散」という論文を拝読させていただきました。中で、コロナの対応、国と地方の関係について書かれていらっしゃいますが、コロナの非常事態と自然災害のときの非常事態は異なる環境ではあります。しかしながら、国と自治体との間の…
この発言のページ
52飯飯島淳子慶應義塾大学大学院法務研究科教授
ありがとうございます。拙稿まで恐縮でございます。
無駄という問いに対して正面からのお答えになるかというところはありますけれども、災害時も、また新型コロナなどその感染症の危機の際にも、極めて資源が制約されている中で無駄があってはならないというのは御指摘のとおりだろうというふうに思います。
そこで、その感染症の方に限ってお話をさせていただきますと、感染症とあと新型インフルエンザ特措法においては、改正前においてはしばしば指摘されるところですけれども、保健所設置市と都道府県との間の、指定都市などの保健所設置市の方からの情報が厚労省に上がってこないという、そう…
この発言のページ
- (上の発言)
53西西出順郎明治大学公共政策大学院教授
御質問ありがとうございます。
これも非常に重要な問題で、まず二つ、ちょっと簡単な言葉を説明させてもらいます。
EBPMという言葉をやゆして、一つこういう言葉があります。PBEMです。ポリシー・ベースド・エビデンス・メーキング、これは私の言葉じゃなくて、有名な欧米の行政学者が時々使う、皮肉めいて使う言葉です。要は、先ほどの話の延長線上にあります。自分の都合のいいエビデンスをつくるということですね。ポリシー・ベースド・エビデンス・メーキングじゃなくて、エビデンス・ベースド・ポリシー・メーキング。まあ、でも、これが実態です。
もう一つ申し上げると、なぜ我々はEBPMを根拠に基づく政策立案と訳すのか。ポリシーメーキングだから政策決定なはずです。それは何かというと、結局最後は価値判断になるわけですね。無駄かどうかという判断というのもこれも近いものがあって、Aさんにとっては無駄と感じて、Bさんにとっては無駄と感じないような政策というのはごまんとあるわけです。それは何かというと、価値判断。個人にとって大事か大事じゃないかとか違うからですね。そうなってくると、政策として本当に大事か大事じゃないか、無駄か無駄じゃないかというのは価値判断に依拠するので、その価値判断は最終的には政治のフィールドの中でどうなるかという議論になります。
したがいまして、政治のフィールド、それから行政のフィールドの中で大事なことは何かというと、政策をつくり上げていく礎の中でのエビデンスがいかに客観的であり、いかにこれが説得力があるかというところを競争してもらうしかないです。
はっきり言って、一つの科学的なエビデンスなんて存在しません。このコップを見ても、上から見れば丸だし、横から見れば長方形です。いろんな視点で見るといろんな考え方が生まれてきます。エビデンスも一緒です。見方さえ変えればいろんな答えが出てきます。したがって、それは競争してもらうしかないということですね。その中で議論を深めていって、最終的に選んでいただくということが大事じゃないかと思います。
以上でございます。
54
石井苗子(維新)
今のところなんですが、生物統計学を専攻したんですけれども、やっぱりそこの中で、さっきも質問したんですが、EBPMを行う必要があるかどうかという点が整理されていないと不必要な政策評価を行ってしまうのではないかと、それがその無駄を生み出す可能性があるんじゃないかというふうに、ここはどのようにお考えでしょうか。EBPMを行う必要があるかどうかという点が整理される必要があると先生はお考えでしょうか。
この発言のページ
55西西出順郎明治大学公共政策大学院教授
この件については私としては同意します。要は、政策の中でも全てを、EBPMといいますか評価といいますか、客観的な、科学的な根拠で価値判断ができることはあり得ません。いろんな価値判断があります。
教育の世界、例えば考えましょう。大学があります、大学の価値、大学の効果はあるんですかといったら、それは就職なのか、個々人の論理的な思考を伸ばすためなのか、それとも個人のプレゼンテーション能力を伸ばすためなのか、いろんな価値判断があります。そういうのを一つの物差しだけで測ることはできません。しかしながら、評価をしようとすると、物差しの数を限定しなければなりません。そ…
この発言のページ
56窪窪田好男京都府立大学学長特別補佐・公共政策学部教授
御質問ありがとうございます。
まず、地方創生推進交付金の評価について御注目いただきまして、ありがとうございます。
本当に非常に重視するところで、もちろん国全体としてその交付金の評価制度を設けてきっちりやられておることは承知しております。他方で、元々この十年前に始まったときから、地方においてもその各界の人材を集めて、各界の人材を集めてその知恵を出し合ってこの評価をし、かつ、その政策が必要なのか、他の地域に横展開していくことを評価すべきということでつくられたという理解の下、私もそうした委員会に多く関わってきたわけです。
ところが、実際には、前の年度に実…
この発言のページ