仁比聡平 (日本共産党)

2025年5月12日・第217回国会 参議院 決算委員会 第5号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 293 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 312 発言)

そんなことはないと。私は、原爆に遭った方々の戦後八十年、今日までの心身や人生そのものがこの放射能の被害だということを明かしている、証明していると思うんですよね。

資料の一枚目には、長崎県、市が調査をされた図をお配りしています。爆心地から戸石村、今申し上げた戸石村に向かう手前に矢上村というところがあります。

この矢上村間野瀬地区で原爆に遭った岡田セツ子さんという当時五歳の方が私どものしんぶん赤旗のインタビューでこう話されているんですね。縁側でジャガイモのふかしたのを食べていたらぴかっと光り、お皿が割れました。驚いて、防空ごうに入り、しばらくして外に出ると浦上の方が真っ赤になっていて、いろんな燃えかすが空から落ちてきました。家は、お風呂の土壁が落ちたり、ガラス戸が割れたりしていて、畑に出ていた母は顔がひりひりしたと言っていました。小学校低学年のとき、おなかが痛いとよく早退していて、お医者さんに診てもらうと肝臓が悪いと言われました。膀胱がんや皮膚がん、高血圧など、いろいろな病気を患い苦労していますと。

ところが、被爆者健康手帳、いわゆる原爆手帳がもらえないわけです。それは、国が先ほども大臣が述べたような理屈をこねて、被爆地域ではないとしてきたからなんですよ。

この一枚目の図は、そうした中で長崎県と市が爆心地から十二キロ以内にありながら国が被爆地域ではないとする地域で、原爆に遭った被害の実相を明らかにするために行った証言調査の中から、雨だとか灰だとかという降下物、それから放射性物質が混入した飲料水、井戸水を飲んだり、放射性物質が付着した野菜を食べたなどのいわゆる内部被曝という、このことが示されている多数の記述を集計して示した図なんですね。

この爆心地から東側の方にグレーの棒グラフが高く伸びているのがお分かりだと思います。大臣、ちょっと御覧になっていただいていいですよ、その一枚目なんですけれども。今私がお話しした岡田さんという方の、矢上村のところには四百八十八人がこの灰という降下物の証言をしている。ラジオゾンデが落ちた戸石村では五百十件に上っている。古賀村、北の方ですが、ここでは三百六十二件、南の日見村では二百十件、あのビワで有名な茂木町では百十件など、大変顕著な数なんですよ。

私福岡で、大臣佐賀で、隣県ですから少しイメージが湧くんじゃないかと思うんですけれども、三枚目の図をちょっと見ていただいたらお分かりのとおり、この長崎市の周りというのはとても山が多いところで、その谷筋に集落があるんですよね。ですから、この中でこれだけの数の放射性降下物の証言があるというのはとても重いということは、大臣お分かりなんじゃないですか。

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