仁比聡平 (日本共産党)

2025年4月9日・第217回国会 参議院 決算委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 264 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 268 発言)

だから、暴露要件がないと言っているでしょう。それは、国が言う暴露要件が、メチル水銀を多食したその可能性があるなしというのがないというふうに決め付けているんだけど、今御紹介をしている被害者のように、そんなことあり得ないじゃないですか。そうしたら、一体何を食べて育ったというのかということになるでしょう。

同じようなといいますか、もう少し、この地域がどれだけ不合理かということで、先ほど来の地図を見ていただきたいと思いますけれども、水俣市は皆さん御存じですよね。この水俣市に青いエリアがもちろんありますが、その指定地域にされていないエリアが水俣市の中にもあるんですよ。その中で被害者が確認をされたところが、久木野、古里、越小場というこの三つの字ですね。まだなお確認されていないところは白くなっている。これが今の実態把握の到達点なんですよ。

そこで、出水市を挟んで阿久根市というところがあります。この阿久根市は、ごく一部が青くなっていますが、折口、多田始めとして、その町の真ん中に、両側が対象地域でその真ん中だけが地域外というところがありますよね。この折口で生まれ育った前田芳枝さんという被害者がいらっしゃって、百二十八人全員勝訴をした近畿原告団の団長なんですが、その方の簡単な陳述書を皆さんのお手元にお配りしています。

十ページですけれども、子供の頃、家で食べる魚は、阿久根市の黒之浜、高尾野町の江内や水俣市の袋辺りから来ていた行商人から買っていました。十歳からは母が魚介類の行商を始め、売れ残ったものを持って帰って家で食べたり、子供ながら、イワシの目刺しの加工の手伝いに行っていた会社で、小魚やイカ、カニなどをわたごとごった煮にしたのをおやつ代わりに食べさせてもらったりしていました。

こういう食生活ですよ。それは、両側に赤瀬川とか脇本とか対象地区がありますけれども、そこでも、それからそうじゃないところでも、その地域には魚を食べるというそういう生活があったのであって、だから、裁判所、大阪地裁は、当然そんな線引きに合理性はないですから、被害者だと全員認めた。百二十八人の中にはそういう対象地域外の人たちがいっぱいいます。もう数え上げると切りがない。

年代についてもそうですよね。もうこれ資料を見ていただくだけにしますけれども、十七ページに熊本県が整理している資料を出していますけれども、政府は、昭和四十三年の末までの居住歴が必要だと、新潟では昭和四十年末までの居住歴が要ると言ってきたけれども、実際には、昭和四十四年以降に生まれた方々のうち二百二十一人が一時金、総合判定で七人、療養費では四十七人、つまり、年代の区分けにかかわらず救済されている被害者がいるわけです。

だから、対象地域だとか年代だといって線引きをするのは極めて不合理な中で、この地域で暮らし、一定の時期に大阪や東京始めとして全国に出稼ぎに行ったり、その中で暮らしの拠点ができた方々が近畿訴訟や東京訴訟の原告ですよね。

新潟から来られた方々ももちろんありますが、そういう方々は、その次のページに本田さんという広島にお住まいの方の陳述書がありますけれども、平成二十七年になるまで、自分が水俣病ではないかと思いもしなかったですよ。既に特措法は打ち切られているわけです。その方、本田さんも含めた人たちを大阪地裁は救済をしました。藤下さんは、被害者と認められたにもかかわらず、除斥期間が過ぎているというので救済の対象外だと裁判しているんですね。

長く苦しめば苦しむほど救済されないと。私、人道に反すると思いますが、大臣、いかがですか。

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