武藤容治 (自由民主党)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)

2025年4月17日・第217回国会 参議院 経済産業委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 136 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 221 発言)

これ衆議院でもいろいろと御質問ありました。私どもとしては、ちょうどその真空管、私もよく分かりますけど、テレビの裏開けると真空管があったという時代です。

半導体産業ですけど、一九八〇年代、世界一の売上げを誇っていました。その後シェアを大きく落とすことになったわけですが、要因としては、貿易摩擦の結果として日米半導体協定による貿易規制が強まったことがあります。ちょうどあの当時、私の父が通産大臣やっていたときに、日米構造協議の中でこの半導体協定の見直しがありました。そこでいわゆる仕掛けを掛けられちゃったという反省もありまして、そういうところからがたがたがたっと、こういう来ているんですけれども、九〇年代以降、設計企業と製造企業が水平分業、これを行うビジネスモデルが隆盛する中でその潮流に乗ることができなかったことですとか、あるいはバブル経済崩壊後の不況がございました。民間で将来に向けた思い切った投資ができなくて、日本政府も適切な支援を機動的に講ずることができなかったことなどが挙げられます。

また、二〇〇〇年代以降になりますと、世界的にデジタル市場が伸展する中で、国内のデジタル投資が遅れ、半導体の顧客となる国内デジタル産業が低迷したこと、そして、国内企業の再編ですとか日の丸自前主義の技術開発に注力してしまい、技術開発や販路開拓の面で海外との連携やグローバルな技術動向への対応が不十分であったことなどなどの要因があったと分析をしておるところであります。

ちょうどその父の時代、よく言っていたのが、あの某Aさん、AメーカーさんとかBメーカーさんいろいろありましたけど、全部その会社の中で最初から最後まで仕上げようということで、なかなかこういう交流ができなかったこと等などが反省点としてあった。

ですから、今回も構造協議いろいろやっておりますけれども、しっかり負けないようにやっていかなきゃいけないなというのを気持ちを新たにしているところでもあります。

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