古賀委員から大変難しい御質問をいただきました。
私は、一九九〇年、父が通産大臣やっていたときは政治家でも何でもなかったんで、まあ次男坊でございましたんで、どちらかというと家業の方をやっておりました。
そういう意味の中で、父の背中も見ておりますけれども、当時というのはある意味で、バブルと今先生おっしゃられたとおり、本当に、私ども中小企業の経営者にとってみると、比較的どちらかというと何にもしなくても物が動いたりですね、そういう時代であったというふうに承知をしているところであります。
バブル崩壊から、私も案外覚えていますけれども、あの新宿駅の西口のところがずうっとホームレスの人たちが住んでいられたり、いろんな意味で本当に日本が厳しい事態をその後迎えて、何か、いつ日本がこれまた元に戻るのかというのも経験をしながら今日この日を迎えてきているわけですけれども、正直、自動車ですとか電気機器始め様々な日本製品が世界市場で競争力を持っていて、すざまじい、ある意味で日本はジャパン・イズ・ナンバーワンという時代もありました。そういうものの中で、私の父の時代はちょうど日米構造協議の真っただ中にありまして、半導体協定を始めとして、父の書いた本を読み返してみますと、あのときああしておけばよかったというものも正直ございます。
今、何かこういう歴史の何となくあれを感じますけれども、こういう形で今経産大臣になって、当時はブッシュ大統領だったと思いますけれども、今回はあのトランプさんがまた第二次政権を復活をさせて、今お話のあったような自動車関税もあり、先般は鉄、アルミの関税もあり、様々な形で、日米構造というのか、もうアメリカと世界という形の中での関税という中での、世界のこれからどういう形になるのかと。いろんな方、昨日もブラジルの方々とお会いしましたし、いろんな各国の方と会っても、まさにもう皆さんの関心事はそこで、アメリカとはどう付き合うのかというところが最も大きな今の経済の大転換期、歴史的な転換期だというふうに承知しています。
その中で、日本が、今まで私どもがやってきましたコストカット経済を、何とかこの長期間の停滞から抜け出て、半導体を始めとした新しい形での日本の活力といいますか、そういうものを生み出していく、まさにそういう歴史の転換期で、我々が取るべき姿を何とか先頭を切って頑張っていきたいというふうに思っておりますし、余り大きな大転換、歴史的なその各国の情勢というのは、今のアメリカの状態があるので変わってきていますけれども、あとウクライナへの侵略戦争があったり、様々なことで、我々としては世界の中庸を目指して、とにかく日本が、極端じゃなくて、その間を取って中庸な路線をしっかりと引っ張って世界平和の安定を目指して、もちろん日本の産業力を伴ってですけれども、そのためにも強くなっていかなきゃいけないというのが今の私の気持ちであります。
これで答弁になったかどうか分かりませんけど、よろしくお願いいたします。
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古賀之士(立憲)
辻元委員からも午前中の予算委員会でも同様の質問があったかと思いますが、是非、時間がまだ残されてはおります、四月三日ですので、午後一時、日本時間の、これまで、是非ぎりぎりまで交渉を粘り強くやっていただきたいと思っております。
それからあと、事務方で結構でございます。素朴な疑問で、午後一時、日本時間の、一分という、この一分の意味は何だろうかと思っているんですよね。この一分の意味というのは、お分かりになる方が経産省の方でもしいらっしゃれば、御説明お願いします。
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25小小見山康二経済産業省大臣官房審議官
開始時刻についてのお尋ねであります。
正直なところ、どういう意図で一分という形になったか、まだ把握しておりません。引き続き米側と協議をさせていただいて、その中で分かることがございましたら御報告させていただきたいと思います。
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古賀之士(立憲)
私、テレビ局にかつて勤務していた時代は、実はアナログのいい点の中の一つに、アナログのときにはいわゆる時報がポーンと、あの、プッ、プッ、プッ、プーンと鳴りますよね。あれが出ていた記憶が皆さんおありになるかと思いますが、ところが、今デジタルの世界になりますと、いわゆる圧縮して電波を出して、そしてテレビの中で圧縮されたものを結局解いて出すので、タイムラグがどうしても生まれますので、今時報がきちんと出ないですよね。ぱあんと出なくて、ゆるゆるゆるゆるっと出たり、あるいは、必ず、インターネットを使って御覧の方々には、これタイムラグが発生していると出ている。だから、こ…
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- (上の発言)
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武藤容治(自民)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)
古賀委員から大変難しい御質問をいただきました。
私は、一九九〇年、父が通産大臣やっていたときは政治家でも何でもなかったんで、まあ次男坊でございましたんで、どちらかというと家業の方をやっておりました。
そういう意味の中で、父の背中も見ておりますけれども、当時というのはある意味で、バブルと今先生おっしゃられたとおり、本当に、私ども中小企業の経営者にとってみると、比較的どちらかというと何にもしなくても物が動いたりですね、そういう時代であったというふうに承知をしているところであります。
バブル崩壊から、私も案外覚えていますけれども、あの新宿駅の西口のところがずうっとホームレスの人たちが住んでいられたり、いろんな意味で本当に日本が厳しい事態をその後迎えて、何か、いつ日本がこれまた元に戻るのかというのも経験をしながら今日この日を迎えてきているわけですけれども、正直、自動車ですとか電気機器始め様々な日本製品が世界市場で競争力を持っていて、すざまじい、ある意味で日本はジャパン・イズ・ナンバーワンという時代もありました。そういうものの中で、私の父の時代はちょうど日米構造協議の真っただ中にありまして、半導体協定を始めとして、父の書いた本を読み返してみますと、あのときああしておけばよかったというものも正直ございます。
今、何かこういう歴史の何となくあれを感じますけれども、こういう形で今経産大臣になって、当時はブッシュ大統領だったと思いますけれども、今回はあのトランプさんがまた第二次政権を復活をさせて、今お話のあったような自動車関税もあり、先般は鉄、アルミの関税もあり、様々な形で、日米構造というのか、もうアメリカと世界という形の中での関税という中での、世界のこれからどういう形になるのかと。いろんな方、昨日もブラジルの方々とお会いしましたし、いろんな各国の方と会っても、まさにもう皆さんの関心事はそこで、アメリカとはどう付き合うのかというところが最も大きな今の経済の大転換期、歴史的な転換期だというふうに承知しています。
その中で、日本が、今まで私どもがやってきましたコストカット経済を、何とかこの長期間の停滞から抜け出て、半導体を始めとした新しい形での日本の活力といいますか、そういうものを生み出していく、まさにそういう歴史の転換期で、我々が取るべき姿を何とか先頭を切って頑張っていきたいというふうに思っておりますし、余り大きな大転換、歴史的なその各国の情勢というのは、今のアメリカの状態があるので変わってきていますけれども、あとウクライナへの侵略戦争があったり、様々なことで、我々としては世界の中庸を目指して、とにかく日本が、極端じゃなくて、その間を取って中庸な路線をしっかりと引っ張って世界平和の安定を目指して、もちろん日本の産業力を伴ってですけれども、そのためにも強くなっていかなきゃいけないというのが今の私の気持ちであります。
これで答弁になったかどうか分かりませんけど、よろしくお願いいたします。
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古賀之士(立憲)
まさしく一九九〇年代の前半にバブルが終えんを迎えて、九五年からはまさに、ウィンドウズ95という言葉を皆さんは、御存じの方も多いと思いますが、九五年からはいわゆるアメリカが主導になって、まさにリーダーの復権といいましょうか、更なる強固な形として、インターネットやそれからパソコンを中心とした新しい時代の幕開けでもございました。御存じのように、今や、もう電話は有線ではなくて携帯の時代であり、その携帯の中でもスマホの時代になってきているという意味では新たなエポックメーキングだと。
その中で、大臣がいわゆる所信の中でも述べられていらっしゃるかもしれませんが、この…
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武藤容治(自民)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)
今申し上げましたとおり、何とか日本がデフレからの脱却をしていかなくてはいけない、そのためには中小企業が何とか稼ぎ口をしっかりと持っていかなきゃいけない。それが、私は正直申し上げて、自分の経歴からすると、いろんな、所信にも出しましたけれども、これがまず一番目の順番になろうかと思います。
ですから、物価高に負けない持続的な賃上げを定着をさせて、その流れを中小企業や地方ということにも行き渡らせることが国内経済にとっては最重要課題と認識をしておりますので、特に、DX、GX始めとした国内投資の促進はあれなんですけど、もちろんなんですけれども、賃上げの原資を得られ…
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古賀之士(立憲)
所信の中に述べられていらっしゃる、その積極的な国内投資の拡大が何よりも重要というのは今大臣の御答弁にもありました。
賃上げと投資が牽引する成長型経済へと移行できるか否かの分岐点という言葉が所信の中に述べられてございます。この分岐点というのは具体的にどういう意味で、この分岐点がどのような形になっていくことが日本の今後の姿なのか、教えてください。
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