山添拓 (日本共産党)

2025年5月27日・第217回国会 参議院 外交防衛委員会 第16号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 136 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 167 発言)

朝鮮出身者の中では二十三人が死刑になったということであります。

一九五五年、朝鮮半島出身者の戦犯が刑務所内で結成した同進会が日本政府に国家補償と名誉回復を求め、直近では二〇一六年に超党派の議員連盟で特別給付金を支給する法案もまとまりましたが、これは、自民党内での手続が間に合わず、いや、なされず、国会提出には至っていません。

最後の当事者で同進会の会長だった李鶴来さんが二〇二一年三月に亡くなり、遺族が活動を引き継いでおられます。朝鮮半島からは三千人以上の青年が東南アジア戦線に動員されました。李鶴来さんは、皆さんの中にも御承知の方がいらっしゃるかと思いますが、十七歳で、映画「戦場にかける橋」で有名な泰緬鉄道の建設現場に配置されました。イギリス、フランス、オランダ、オーストラリアなど連合国軍の捕虜を労働現場に送る監視員で軍属でした。ここでは、過酷な労働と虐待、一万人を超える捕虜が亡くなったという現場です。

李鶴来さんは戦後、シンガポールの刑務所に収監され、一度釈放されたものの戻され、死刑とされたものの、後に減刑となって巣鴨プリズンに移送されました。仮釈放されたのは一九五六年、三十一歳のときです。日本人として戦犯となったわけです。

一方、一九五二年四月二十八日、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が主権を回復すると、朝鮮人は日本国籍を失いました。選択したわけではなく、剥奪されたわけです。四月三十日、戦傷病者戦没者遺族等援護法が作られましたが、戸籍条項があり、翌五三年に復活した軍人恩給には国籍条項がありました。

外務大臣に伺います。

植民地支配の下で日本人とみなされ、戦争に動員され、戦犯となって受刑し、しかし、戸籍や国籍を理由に日本人なら受けられた援護措置も受けられない、この事態が理不尽だという認識をお持ちでしょうか。

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