大臣、ありがとうございます。
是非万博でも、より多くの人たちが東北の地を訪れてくれるようにアピールしていただければと思います。
実は、能登半島地震で被害を受けました石川県珠洲市の小中一貫校、珠洲市立宝立小中学校の生徒さんが、二〇一五年から二〇一九年まで、修学旅行で、震災遺構、中浜小学校を訪れています。宝立小中学校のホームページを見ますと、二〇一八年四月のこととして、そのときのことが次のように掲載されています。
東日本大震災で、二次避難所までたどり着く時間がないと判断し、二階建て校舎の屋上に避難し、児童や地域住民の方々全員が生還することができた旧中浜小学校を見学しました。当時の校長先生から、そのときの様子などを詳しく説明していただきました。また、やまもと語りべの会の会長の先生からも、被災状況と現在の復興状況を詳しく丁寧に説明していただきました。このようにホームページに書いてありました。
このとき中学三年生だった生徒が、去年の元日、能登半島地震が起きたとき、大学生や専門学校生、社会人となっていて、震災遺構の中浜小学校で見聞きしたことを思い出し、自宅や避難所で活躍、ボランティア活動にも率先して参加していたそうです。
このような震災が自分の住む町を襲った際、全く知らないことではない、見聞きした経験、そのことを真剣に考えたことがあるという経験は、いざというときに役に立ちます。ぼうっと震災遺構を見学しても忘れてしまうかもしれませんが、人から直接語りかけられ、自分のこととして真剣に考えた場合、そのことはしっかりと記憶に刻まれると思います。
震災遺構での様々な説明をしてくれる人を語り部といっていますが、中浜小学校はこの語り部のクオリティーが非常に高い震災遺構です。珠洲市のホームページに書かれていた、退職した当時の校長先生や当時勤務していた教員経験者、防災士、青年団、保育士さんなど、それらの人たちの体験談や教訓、それぞれの思いがしっかりと伝わってくる語り口になっています。自分のこととして考えさせられる、そんなお話をしてくれます。
ただ、発災してから既に十四年が経過し、語り部も高齢化しています。今後、持続的な語り部の育成が必要となってくると思われますが、語り部の育成について、大臣はどのような見解をお持ちでしょうか。
7瀧瀧澤謙復興庁統括官付審議官
お答え申し上げます。
復興庁においては、震災遺構の保存のために必要な初期費用について支援を行ったところでございます。具体的には、市町村において、維持管理費を含めた適切な費用負担の在り方や住民の合意が確認されるものに対して、令和二年度まで復興交付金により支援を行ってきたところでございます。
委員御指摘のありました小学校等につきましても、復興交付金により支援を行っているところでございます。
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柳沢剛(立憲)
ありがとうございます。
被災地の議員の一人として、私は様々な震災遺構、震災伝承施設を訪れておりますが、先週、改めて、宮城県山元町の震災遺構、旧中浜小学校を訪れました。山元町の現在の人口は一万一千人余り、東日本大震災では六百三十七人が犠牲になりました。震災遺構となっている旧中浜小学校の校舎は、児童や教職員、地域の人など屋上に避難した九十人の命を守り、その災害を今なお伝える校舎です。見学通路からは、押し寄せ、通り抜けていった津波被害の痕跡が、そして、寒さと余震の中、子供たちが一夜を過ごした倉庫が被災したままの状態でそのまま保存されています。
校舎と海岸と…
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伊藤忠彦(自民)復興大臣
東日本大震災の記憶ですとか教訓を後世に継承していくということについては、復興しつつある被災地の姿やその魅力を若者を始め多くの人々に体感をしていただくことは、先生が言ったとおり、そのとおりであります。
復興庁では、現在開催中の二〇二五大阪・関西万博におきましても、十九日から二十四日までの六日間で、EXPOメッセ会場、復興万博テーマウィークとして展示を行わせていただきました。
この会場、言ってはなんですが、あの大屋根の外なんです。つまり、入口から物すごく距離のあるところで開催をさせていただきましたが、驚くほど人が来ました。本当に、開催した者たちがびっくり…
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- (上の発言)
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柳沢剛(立憲)
大臣、ありがとうございます。
是非万博でも、より多くの人たちが東北の地を訪れてくれるようにアピールしていただければと思います。
実は、能登半島地震で被害を受けました石川県珠洲市の小中一貫校、珠洲市立宝立小中学校の生徒さんが、二〇一五年から二〇一九年まで、修学旅行で、震災遺構、中浜小学校を訪れています。宝立小中学校のホームページを見ますと、二〇一八年四月のこととして、そのときのことが次のように掲載されています。
東日本大震災で、二次避難所までたどり着く時間がないと判断し、二階建て校舎の屋上に避難し、児童や地域住民の方々全員が生還することができた旧中浜小学校を見学しました。当時の校長先生から、そのときの様子などを詳しく説明していただきました。また、やまもと語りべの会の会長の先生からも、被災状況と現在の復興状況を詳しく丁寧に説明していただきました。このようにホームページに書いてありました。
このとき中学三年生だった生徒が、去年の元日、能登半島地震が起きたとき、大学生や専門学校生、社会人となっていて、震災遺構の中浜小学校で見聞きしたことを思い出し、自宅や避難所で活躍、ボランティア活動にも率先して参加していたそうです。
このような震災が自分の住む町を襲った際、全く知らないことではない、見聞きした経験、そのことを真剣に考えたことがあるという経験は、いざというときに役に立ちます。ぼうっと震災遺構を見学しても忘れてしまうかもしれませんが、人から直接語りかけられ、自分のこととして真剣に考えた場合、そのことはしっかりと記憶に刻まれると思います。
震災遺構での様々な説明をしてくれる人を語り部といっていますが、中浜小学校はこの語り部のクオリティーが非常に高い震災遺構です。珠洲市のホームページに書かれていた、退職した当時の校長先生や当時勤務していた教員経験者、防災士、青年団、保育士さんなど、それらの人たちの体験談や教訓、それぞれの思いがしっかりと伝わってくる語り口になっています。自分のこととして考えさせられる、そんなお話をしてくれます。
ただ、発災してから既に十四年が経過し、語り部も高齢化しています。今後、持続的な語り部の育成が必要となってくると思われますが、語り部の育成について、大臣はどのような見解をお持ちでしょうか。
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伊藤忠彦(自民)復興大臣
あの東日本大震災のときの山元町にあった津波の惨禍というものは、語り継ぐには本当に厳しいほどの大変な被害を及ぼしたところでございます。改めてお悔やみと、そしてまた、頑張ってほしいということを申し上げて、お答えをさせていただきます。
自然災害に対する危機意識あるいは防災意識を醸成するということは、持続可能な伝承活動等、そうしたことで行われていくことがまた一つの大切なきっかけになるというふうに思っております。先生の言うとおりです。
そして、この中浜小学校ですが、そもそも、それを建てられたとき、既にこういうことに対応するために建てていったということも伺いなが…
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柳沢剛(立憲)
大臣、ありがとうございます。引き続き御支援をよろしくお願いいたします。
最近は、メモリアルとして保存はされているものの、財政負担が大きいため、音声ガイドや展示物だけという場所も残念ながら増えてきてしまっています。それはそれで仕方がないことなのかもしれません。近い将来起こると言われている災害に対して、命に関わること、安心、安全を考えれば、生きた言葉で語りかけてくる語り部の話は、未来の災害から命を守ることにつながる非常に重要なことだと思います。是非、末永いバックアップをよろしくお願いいたします。
また、十四年が経過しまして、建造物の方も年々劣化してきてい…
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13瀧瀧澤謙復興庁統括官付審議官
お答え申し上げます。
冒頭の方の問いで、復興庁においては、震災遺構の保存のために必要な初期費用について復興交付金により支援した、その対象は、各市町村において、維持管理費を含めた適切な費用負担の在り方について決められたものということを申し上げました。
具体的な維持管理の手法につきましては、岩手県宮古市において、震災遺構、たろう観光ホテルというところがございますけれども、そちらの維持管理費にふるさと納税を活用した事例でありますとか、その他寄附金、入館料、民間活力の活用によりコスト削減に努める様々な事例がございます。
このため、復興庁といたしまして、震災…
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