自分が自分でなくなるような感覚に陥ってしまう喪失感、苦しさ、違和感、それは、名字と名前がセットである氏名が、人が個人として尊重される基礎であり、個人の人格の象徴であって、人格権の問題だから、人権の問題だからではないでしょうか。大臣、いかがでしょうか。
本村伸子 (日本共産党)
2025年2月18日・第217回国会 衆議院 予算委員会 第12号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 184 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 195 発言)
前後のやりとり
今先生御指摘の、結婚によって名字を変えることに関して苦しみを抱える方々がおられるということ、まさにそうした婚姻によって氏を改める方にとっては、婚姻前の氏を引き続き使えないことによって婚姻後の生活において様々な不利益や支障が生じている、そういった声があるということは承知をしております。そして、そうした声にしっかりと十分耳を傾ける必要があると感じております。
結婚によって名字を変えることに苦しみや喪失感を覚える、そういう方々がいらっしゃる、その根源には何があると大臣はお考えでしょうか。
一概にはどうと言うことはできないと思いますが、そうした苦しみの根源ということですが、選択的夫婦別氏制度の導入に賛成というか、そういったことを推進しようとする方々の御意見の中には、氏を含む氏名が個人のアイデンティティーに関わるものであるということを理由とするものがあるということについては承知をしておりますし、また、夫婦同氏制度が合憲であると判断した最高裁の平成二十七年の判決においても、氏を改めることによっていわゆるアイデンティティーの喪失感を抱くなどの不利益が生じることがあるということは否定ができないということが判示をされていると承知をしております。
- (上の発言)
自分が自分でなくなるような感覚に陥ってしまう喪失感、苦しさ、違和感、それは、名字と名前がセットである氏名が、人が個人として尊重される基礎であり、個人の人格の象徴であって、人格権の問題だから、人権の問題だからではないでしょうか。大臣、いかがでしょうか。
人格権という話を今されました。 人格権ということでいえば、先ほど申し上げましたけれども、夫婦同氏制度が合憲であると判断をした最高裁の平成二十七年の判決ということになるかと思いますけれども、氏名について、社会的に見れば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人から見れば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するものと判示をされていると承知をしております。 その上で、この判決では、氏は、婚姻及び家族に関する法制度の一部として法律がその具体的な内容を規律しているものであるから、…
最高裁の多数意見について、二〇一五年の判決についてお話がありました。この判決については、憲法から個人の権利を導き出そうとしていない、そして、女性差別撤廃条約、これについては無視をしている、そういう批判がある判決です。 そして、この判決に関して、最高裁判事であった泉徳治さんは、まず社会があり、社会の構成要素として家族があり、家族の中に個人があるという発想だ、個が見えない判決だ、個人の尊厳がまず最初に来るべきだというふうに批判をしていますけれども、本当にそのとおりだというふうに思います。 三原大臣にもお伺いをしたいというふうに思います。 人格権、人権保…
委員御指摘のような思いをしていらっしゃる方がいるということは、私も一つの意見として受け止めたいと思います。
その上で、夫婦の氏に関する制度の在り方につきましては、国民の皆様の間に様々な議論、様々な立場からの御意見があり、より幅広い国民の皆様の理解を得る必要があると考えております。
引き続き、分かりやすい情報提供というものをしっかり取り組んで、夫婦の氏に関する具体的な制度の在り方について国民の皆様の理解が深まるよう取り組んでまいりたいと思っています。