聞いているのは、地下鉄サリン事件を食い止めることができたのではないですかという問いなんです。お答えください。
有田芳生 (立憲民主党)
2025年3月12日・第217回国会 衆議院 法務委員会 第2号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 90 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 317 発言)
前後のやりとり
地下鉄サリン事件、今御指摘のように、今度の三月二十日でちょうど三十年というところであります。オウム真理教が当時の営団地下鉄の霞ケ関駅に向かう三路線五方面の電車内において化学兵器であるサリンを散布し、多数の一般市民の方々をまさに無差別に殺傷した未曽有のテロだと私は考えておりますし、このテロ事件はまさに日本のみならず全世界に衝撃を与えたものであります。 先ほど風化ということをおっしゃっていましたけれども、やはりこれは今まだまだ現在進行のところもございます。この後継団体ということで、アレフあるいは山田らの集団、ひかりの輪等々が主要な団体として活動をしていて、…
三十年というと、もう新聞記者さんの中でも、生まれていませんでしたとか、そういう時代になってしまった。ましてや、この問題のどこに、例えばオウム真理教などに入ってしまうんだろうかということがこの三十年間はほとんど日本社会として検証されていない状況の下で、後で公安調査庁にお聞きしますけれども、特に若い人たちがいまだ後継団体に入ってきているという現実がある。 地下鉄サリン事件というのは、一言で言うならば、人類史において初めて都市部でサリンがまかれた。あのヒトラー、ナチズムがサリンというものを開発したにもかかわらず、これは使っちゃいけないということでヒトラー、ナ…
お答えいたします。
お尋ねの点につきまして、地下鉄サリン事件を始めとする一連のオウム真理教関連事件につきましては、閉鎖的な集団による計画的な犯罪で、組織的に証拠隠滅が図られるとともに、高度な科学技術が悪用されまして、全国規模の広範囲な区域にまたがっていたこと等から、当時の捜査には多くの困難があった中で、警察として、当時の証拠関係を踏まえ、可能な捜査を尽くしたものと認識しております。
以上でございます。
- (上の発言)
聞いているのは、地下鉄サリン事件を食い止めることができたのではないですかという問いなんです。お答えください。
お答えいたします。
お尋ねの点につきましては、特に上九一色村の教団施設に対する捜索がもっと早く行われていれば地下鉄サリン事件を防ぐことができたのではないかという御指摘かというふうに承知しておりますが、先ほどお答えしたとおり、一連のオウム真理教関連事件、非常に当時の捜査に多くの困難があった一方で、捜索につきましては、犯罪の嫌疑が存在するとともに、その必要性が認められる場合に裁判官から令状の発付を得て行うものであるところ、当時の判断として、地下鉄サリン事件の発生前に捜索までに至らなかったものと承知しております。
立花隆さんが事件から二十年後に月刊文芸春秋で「三月二十日」というエッセーを書いている中で、警察は非常に努力をされていたと。これはNHKスペシャルなんかの当時の報道を見ても分かるんだけれども。だけれども、例えば当時の警察庁の刑事局長だった垣見隆さんが最近朝日新聞出版から本を出されました。事件は食い止めることができなかったのかという、非常に詳細な歴史的な貴重な証言になっているんですけれども、その中でも反省を何度も何度も述べられているんですよね。 じゃ、質問を変えますけれども、一九九五年三月二十日に地下鉄サリン事件が起きたそれ以降、松本サリン事件、あるいは内…
お答えいたします。 地下鉄サリン事件を含めまして、一連のオウム真理教事件を総括いたしまして得た教訓といたしましては、一つには、高度な科学技術についての知識の不足、特殊な閉鎖的犯罪組織についての情報不足、そしてまた、都道府県警察の管轄区域外の権限についての制限等があったものと承知しております。 警察といたしましては、これらを踏まえまして、警察法の改正や資機材の整備等によって広域組織犯罪に対する指揮連携体制の強化、科学捜査、情報収集体制の強化、サリン等の規制等の各種対策を講じたところでありまして、その後の警察捜査や捜査指揮に生かしてきたものと考えておりま…