お答えいたします。
樺太アイヌについての御質問ですけれども、こちらにつきましては、平成二十一年七月のアイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書というのがございます。
これは当時の内閣官房長官の要請を受けて作成されたものでございますけれども、その中におきまして、明治八年の樺太千島交換条約の締結後、樺太に住んでいた樺太アイヌ及び占守島など北千島に住んでいた千島アイヌの人々は、北海道本島や色丹島に移住を余儀なくされた。そして、農業の奨励を主とする保護政策が行われたが、急激な生活の変化や疫病の流行などで多くの人々が亡くなった。その後、樺太アイヌの人々は、日露戦争後のポーツマス条約で北緯五十度以南の樺太がロシアから日本に割譲された結果、多くが樺太に戻ったが、第二次世界大戦後は北海道を始め日本国内各地に再び移住することを余儀なくされた。また、色丹島に移住していた千島アイヌの人々も、第二次世界大戦後は同様に移住することを余儀なくされ、今日では千島アイヌの文化継承者は皆無となってしまった等が記載されていると承知しております。
〔黄川田委員長代理退席、委員長着席〕
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上村英明(れいわ)
れいわ新選組の上村英明です。
今日は、前回の補足と、それから樺太アイヌの強制連行の問題についてお話をお伺いしたいと思います。
まず、伊東大臣に、四月二十三日の質疑はありがとうございました。その補足なんですけれども、前回はサケの特別採捕について質問いたしました。その最後に、大臣は、アイヌの特別採捕と北海道さけ・ます増殖事業協会のそれは目的が違うということをおっしゃられました。特に、アイヌ民族のサケ漁は生活に必要な最低限のものしか捕らないと述べられたと記憶しております。
まず、私が質問したことは、浦幌ではアイヌ民族は一定のサケの商業利用を主張して否定さ…
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伊東良孝(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・地方創生・アイヌ施策)
上村議員の御質問にお答えいたします。
まず、差別ではない。全くそういうつもりでこの間答弁したわけではありません。
アイヌ民族のいわゆる長老の方が、自然の恵みに感謝をする、そしてまた捕獲量も必要以上は自分たちは捕らないんだという、これはサケだけではなく農水産物各般について言えることでありまして、食料のことを指して私にそう言っていたのだというふうに解釈をしているところであります。
いずれにいたしましても、サケの増殖協会、これはまた増やすためにサケを捕っておることは事実でございますけれども、これは水産資源保護法等の法令によって所管官庁であります農水省にお…
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上村英明(れいわ)
ちょっとまた、相変わらずかみ合わないなと思ったんですけれども、また改めて質問させていただくことになると思います。
今日は、樺太アイヌの件についてちょっといろいろとお伺いしたいと思うんですけれども、大きな意味でのアイヌ民族の中には幾つかのグループがございます。南樺太を先祖伝来の土地とする先住民族で、エンチウという集団の自称がある人々が樺太アイヌと呼ばれています。文化や風俗、その意味で権利も他のアイヌ民族集団とは異なるものを持っています。
日本政府としては、エンチウという集団に関する認識をお持ちでしょうか。文部科学省、いかがでしょうか。
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- (上の発言)
122松松浦克巳内閣官房アイヌ総合政策室長
お答えいたします。
樺太アイヌについての御質問ですけれども、こちらにつきましては、平成二十一年七月のアイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会報告書というのがございます。
これは当時の内閣官房長官の要請を受けて作成されたものでございますけれども、その中におきまして、明治八年の樺太千島交換条約の締結後、樺太に住んでいた樺太アイヌ及び占守島など北千島に住んでいた千島アイヌの人々は、北海道本島や色丹島に移住を余儀なくされた。そして、農業の奨励を主とする保護政策が行われたが、急激な生活の変化や疫病の流行などで多くの人々が亡くなった。その後、樺太アイヌの人々は、日露戦争後のポーツマス条約で北緯五十度以南の樺太がロシアから日本に割譲された結果、多くが樺太に戻ったが、第二次世界大戦後は北海道を始め日本国内各地に再び移住することを余儀なくされた。また、色丹島に移住していた千島アイヌの人々も、第二次世界大戦後は同様に移住することを余儀なくされ、今日では千島アイヌの文化継承者は皆無となってしまった等が記載されていると承知しております。
〔黄川田委員長代理退席、委員長着席〕
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上村英明(れいわ)
基本的な御認識をいただきまして、ありがとうございます。
さて、今お話が出ました一八七五年には、日本とロシアの関係で千島樺太交換条約が結ばれています。これはどんな条約で、今、樺太アイヌのことも話があったんですけれども、条約の内容的にどういう影響を樺太アイヌの方々に及ぼしたのかということを、外務省の方、御説明いただけますか。
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124田田口精一郎外務省大臣官房参事官
御答弁申し上げます。
御指摘の一八七五年の樺太千島交換条約は、我が国が千島列島をロシアから譲り受ける代わりに、ロシアに対して樺太全島を譲り渡すことを規定しているわけでございますけれども、お尋ねの点につきましては、同条約の付録第四条におきまして、樺太及び千島の先住民は同付録が通知された日から三年間の間に日本又はロシアのいずれかの領土に居住することを決め、それに応じた国籍を得るという趣旨を規定しているというふうに認識しております。
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上村英明(れいわ)
一応、先住民族は自由に帰属を決めたというふうに聞こえるんですけれども、当時の樺太で、樺太千島交換条約の日本語版とそれからロシア語版の正文はあるんですけれども、それを当時の樺太アイヌが読めたあるいは理解できたとは思えないわけですよね。ということは、一方的に、こういうのができたのでこっちへ移れということで、さっきの御説明にありました強制連行あるいは強制移住があったというふうに思います。
今、説明にありましたような樺太アイヌは、北海道のアイヌも強制移住というのは何度も経験しているんですけれども、更に輪をかけて大きな強制移住を経験いたしました。私が理解している…
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