何のために公文書管理担当大臣というのはいらっしゃるんですか。自主性に任すんじゃなくて、担務ですから、そういう違反事項があった場合はしっかりと調べろというふうにおっしゃるのがやはり担当大臣としての責務だと私は思いますので、その点は指摘をさせていただきます。
次に、西田参議院議員のひめゆりに関する発言についてちょっとお伺いしたいと思います。
この問題は、私は、まず事実関係を明らかにすることが大事だと思うんですね。もし西田さんのおっしゃっていることが本当だとすると、それはそれで問題なので、ちょっと確認したいんです。
西田参議院議員の発言は、ひめゆり平和祈念資料館に、日本軍がどんどん入ってきて死ぬことになった、アメリカが入ってきて沖縄は解放されたという趣旨の説明があったというふうに発言しておられまして、その後、謝罪しておられますが、実は、この事実関係は曲げない、ここは否定しないというふうにおっしゃっているので、今でもこういう認識でおられるということなんです。
そこで、内閣府にお伺いしますが、この資料館に、現在あるいは過去において、こういう内容のものが展示されたことがあるんでしょうか。
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伊東良孝(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・地方創生・アイヌ施策)
今井委員の質問にお答え申し上げます。
ただいま御指摘がありました森友学園の事案につきましては、財務省におきまして、資料やヒアリング等に基づき詳細な調査が実施され、平成三十年に報告書を取りまとめたというふうに承知をしているところであります。
この報告書におきましては、平成二十九年当時、財務省におきまして、政治家関係者や森友学園側との応接録を廃棄した具体的な経緯等を調査し、報告書を公表しているものと認識をいたしております。更に調査を行うべきかにつきましては、これは財務省において適切に判断すべきものである、このように認識をいたします。
公文書担当といたし…
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今井雅人(立憲)
加藤財務大臣は、こう説明しているんですね。なぜ文書の番号が欠落しているかについては、少なくとも現状では不確かであり、確認できていない、こうおっしゃっているんです。また、当事者の赤木さんの御遺族も、是非第三者委員会でこれを調査してほしいというふうに訴えられております。
担当大臣として、やはりそれぐらいのことを財務省に指示していただきたいと私は思うんですが、いかがでしょうか。
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伊東良孝(自民)内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策・消費者及び食品安全・地方創生・アイヌ施策)
既に平成三十年に財務省が調査しており、更に調査を行うべきかどうかにつきましては、財務省において適切に判断すべきものである、このように考えております。
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- (上の発言)
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今井雅人(立憲)
何のために公文書管理担当大臣というのはいらっしゃるんですか。自主性に任すんじゃなくて、担務ですから、そういう違反事項があった場合はしっかりと調べろというふうにおっしゃるのがやはり担当大臣としての責務だと私は思いますので、その点は指摘をさせていただきます。
次に、西田参議院議員のひめゆりに関する発言についてちょっとお伺いしたいと思います。
この問題は、私は、まず事実関係を明らかにすることが大事だと思うんですね。もし西田さんのおっしゃっていることが本当だとすると、それはそれで問題なので、ちょっと確認したいんです。
西田参議院議員の発言は、ひめゆり平和祈念資料館に、日本軍がどんどん入ってきて死ぬことになった、アメリカが入ってきて沖縄は解放されたという趣旨の説明があったというふうに発言しておられまして、その後、謝罪しておられますが、実は、この事実関係は曲げない、ここは否定しないというふうにおっしゃっているので、今でもこういう認識でおられるということなんです。
そこで、内閣府にお伺いしますが、この資料館に、現在あるいは過去において、こういう内容のものが展示されたことがあるんでしょうか。
67水水野敦内閣府政策統括官
お答えいたします。
今委員御指摘の、日本軍がどんどん入ってきてひめゆり隊が死ぬことになった、アメリカが入ってきて沖縄が解放されたという趣旨の説明が、ひめゆり平和祈念資料館において現在若しくは過去において展示されていたかどうか、先生の問題提起も踏まえまして、内閣府から同資料館に対して確認を行ったところでございます。
ひめゆり平和祈念資料館からは、御指摘のような趣旨の説明は、現在も過去においても展示されたことはなかったという回答をいただいたところでございます。
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今井雅人(立憲)
そういうのがなかったということであります。
もう一点、こう発言しておられるんですね。戦後の占領期間が沖縄は長く、米国が自国を正当化する教育が行われていたという発言もされておられまして、これも事実だということで否定とか謝罪、取消しというのを拒んでおられます。
これは文科省の方がいいですかね、沖縄においてこのような教育がされていたという事実はございますか。
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69今今村聡子文部科学省大臣官房文部科学戦略官
お答え申し上げます。
戦後の沖縄における学校教育につきましては、終戦直後は、沖縄独自の教科書が作成され、教育が行われた時期もございましたが、終戦から三年たった一九四八年、昭和二十三年には、日本の本土同様の学校制度の下で、本土の教科書を用いた教育が行われたものと承知しているところでございます。
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