上村英明 (れいわ新選組)

2025年4月18日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第15号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 95 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 124 発言)

多分今日がこの質疑の最後の山場になると思いますので、今日はさくさくと行きたいと思います。

本日の質疑においても、リスクの問題、また、その対応が必要であるということについていろいろな委員が言及されたというふうに思います。同時に、リスク問題とは別に、AI推進上での便益の問題についても、生産性の向上や効率化にもこの時代ならではの検証が必要なことは四月十一日の質疑の中で指摘いたしました。

今、山崎委員の方から雇用という言葉が出てきたんですけれども、雇用という概念で本当に区切られるのかということ自体も一つ問題だというふうに思っています。

例えば、生産性の向上と生活の向上は別物であるという指摘をしましたけれども、生産性の向上や効率化が、従来の視点で、賃金や社会保障などのコストカット、私の場合はコストカットというのは一つキーワードになると思うんですけれども、コストカットの言い訳とされれば、それは労働者の生活の向上にはつながりません。具体的には、非正規化、それから減給とか解雇などがその結果として表れると思います。

つまり、AIの導入によって、組織の労働者に正規雇用や賃金や社会保障費が維持される中で、加えて、多様に使える余暇が生まれれば、それが生活の向上になります。これが多分、AI導入の本当の目的だというふうに私は思っているんですけれども、そうした意味で、AIの推進をするには、生産性の向上や効率化をどう考えるかという発想が並行して議論され、新しい社会的価値の共有に向けて社会モデルが転換されなければいけないのではないかというふうに思っています。

四月十六日の参考人質疑で、田中邦裕参考人も大変興味深いことを御指摘されました。それは何かというと、AI推進の成果は製品とかサービスの販路の拡大に向けられるべきであって、それがコストカットに向けられるべきではないということを彼もおっしゃいました。こうしたことを考えると、やはり社会全体の価値観の転換を伴いながらAIの推進というものを図っていかないと、なかなか難しいというふうなことを思っています。

昨日は人事院の総裁の件で質疑をしたんですけれども、公務員の過剰な労働というものを、例えばこういうふうな質疑の答弁作りが忙しければ、将来的にはAIが全部作ってしまうということになれば政府委員は要らなくなっちゃうということも考えられなくもない。

こうしたAIの推進に伴うビジネスあるいは社会モデルの転換自体を同時にやらなければいけないということに関して、城内大臣のお考え、そしてまた、こうした仕事は多分政府がやらなくちゃいけないのではないかなというふうに私は思っているんですけれども、その辺について大臣の御見解をお伺いできればと思います。

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