菊池大二郎 (国民民主党)

2025年2月12日・第217回国会 衆議院 内閣委員会 第3号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 49 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 375 発言)

国民民主党・無所属クラブの菊池大二郎でございます。大雪の山形からはせ参じてまいりました。

先週、日本海側を中心に大変な大雪に見舞われました。地元山形県でも、豪雪災害対策本部が設置されました。除雪作業中の事故などで死傷者も発生しております。お亡くなりになられた方、御遺族様にお悔やみを申し上げますとともに、重軽傷に遭われた方々にもお見舞いを申し上げます。また、各地で道路等の除排雪を始めとする交通インフラの維持に御尽力を賜っております関係各位に対しましても、心からの感謝と敬意を表したいと存じます。

先週の理事会で、委員長そしてまた理事の諸先輩方とも山形新幹線の話をちらっとしておりましたけれども、山形新幹線の整備に御尽力いただいた同郷の鹿野道彦先生の肖像画が後ろにありまして、非常に感慨深いものがありながら質問したいと思います。

私も、先週末、山形新幹線で帰路につく際、遅延の影響をかなり受けました。また、鉄道のレールを除雪する車両が脱線してしまうという事故が発生しまして、数万人への影響が生じました。少し不便は感じましたけれども、多少時間がかかったとしても、故郷と行き来ができないわけではありませんし、そういったところに思いをはせながら、北方領土について、今し方、井野先生から大変格式高い質問がございましたけれども、私からは、国民の意識を醸成させる、決して風化させないと、足下の視点に立って質問してまいりたいというふうに思います。

御案内のとおり、二月七日は北方領土の日でありました。日本の領土であることを確認した日露通好条約が一八五五年二月七日に締結されたことにちなんで、この日が北方領土の日と定められました。

この点、当該条約締結から遡ること約六十年前の一七九八年に択捉島に「大日本恵登呂府」の標柱を建て、日本の領土であることを明らかにしたのが、出羽国楯岡村、現在でいえば、私の地元であります山形県村山市楯岡出身で、北方探検家の最上徳内という方であります。徳内は、近藤重蔵、間宮林蔵とともに北方の三傑とされ、北方の防備、アイヌの救済に傾注し、生涯において計九回にわたって、現在の北海道厚岸町などを拠点に、蝦夷地、北方領土に渡り、測量や探索活動を行いました。

また、厚岸において、徳内は現厚岸神社の前身であります神明宮を建立しまして、こうした縁から、私の地元村山市では、厚岸祭りのおはやしを基に徳内ばやしを発足させまして、毎年八月に開催される徳内祭りは、今では山形県の風物詩となっております。

加えて、山形市に本店を置く、豆はでん六というような、有名な株式会社でん六の創業者鈴木伝六さんが、北海道別海町の北方展望塔の近くの海岸にあります北方四島返還「叫びの像」、親子三代の像を昭和五十七年に寄贈しております。このように、北方領土と山形県には様々なゆかりと歴史がございます。

しかしながら、現実はといいますと、二月八日にNHKで放送された特集によれば、北方四島の衛星写真やSNSを分析するに、この数年で、実効支配を続けるロシアによる北方領土の開発が急速に進んでいるとのことであります。五年間で三倍超となる約五千人の観光客が訪れ、新しいカフェやスーパーがオープン、新しい学校の建設や道路整備が進み、水産ビジネスの拡大や軍事基地化が本格的に進められています。

この点、政府及び独立行政法人北方領土問題対策協会が実施する様々な事業として啓発教育活動を展開されてきたものと理解しておりますが、これまでの取組や実績についてお伺いいたします。

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