自由民主党の井野俊郎でございます。
本日は、内閣委ということもありまして、一応、沖縄北方担当大臣というのが置かれているのが内閣府でございます。今日は、北方領土についてお伺いをさせていただきたいと思います。
まず、北方領土、この間も、つい先日も、国民決起大会というんでしょうか、そういう会が催されております。
今日は、「われらの北方領土」という外務省が出している資料に基づいて少し歴史的な経緯をお話ししますと、一八五五年の日露通好条約に基づいて、択捉、国後、歯舞、色丹の四島、いわゆる北方領土と言われていますけれども、これが日本に帰属するということが確認をされ、その後、一八七五年にロシアとの間で、樺太千島交換条約によって、択捉の先の千島列島が我が国、日本領土になりました。その後、一九〇五年のポーツマス条約に基づいて、南樺太、今はサハリンと呼ばれていますけれども、この南樺太が我が国に併合され、最後、一九五一年のサンフランシスコ平和条約に基づいて、千島列島が放棄されたというような歴史的な経緯をたどっています。
問題は、この下の、いわゆる第二次世界大戦のときの動きでございます。
皆さんに歴史のことを言うのもはばかられるところでありますけれども、一九四五年の八月九日に、日ソ中立条約を一方的に破棄して、ソ連がいわゆる千島列島等に攻め込んできたという歴史的な経緯がございます。
その上で、これがまた、これは後々のことで問題になってくるわけですけれども、八月二十七までが択捉より先の千島列島、そして八月二十八日に択捉島に侵入したということになっています。その後、九月の一日から四日、国後と色丹島という形で、まず幅がある記載になっています。
そもそも、外務省として、我が国の領土たる国後、色丹、歯舞がいつ占領されたのかということは把握をしていないんでしょうか。
20茂茂木正内閣官房国際博覧会推進本部事務局長代理
お答え申し上げます。
運営費の執行状況、これは先ほど申し上げたとおり、しっかりモニタリングをしながら、万が一にも赤字が見込まれるような事態が生じるような場合には、博覧会協会も交えて関係者ともよく相談する必要があるというふうには認識しております。
その上で、先ほども申し上げたとおり、伊東大臣の答弁は、そうした対応も含めて検討していくというふうに申し上げたというふうに理解をしております。
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21山山登志浩(立憲)
場合によっては国が補填するかのようにも受け止められるんです、伊東大臣の答弁は。この点については、しっかりと我が党は追及してまいります。
以上です。ありがとうございました。
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大岡敏孝(自民)
次に、井野俊郎君。
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- (上の発言)
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井野俊郎(自民)
自由民主党の井野俊郎でございます。
本日は、内閣委ということもありまして、一応、沖縄北方担当大臣というのが置かれているのが内閣府でございます。今日は、北方領土についてお伺いをさせていただきたいと思います。
まず、北方領土、この間も、つい先日も、国民決起大会というんでしょうか、そういう会が催されております。
今日は、「われらの北方領土」という外務省が出している資料に基づいて少し歴史的な経緯をお話ししますと、一八五五年の日露通好条約に基づいて、択捉、国後、歯舞、色丹の四島、いわゆる北方領土と言われていますけれども、これが日本に帰属するということが確認をされ、その後、一八七五年にロシアとの間で、樺太千島交換条約によって、択捉の先の千島列島が我が国、日本領土になりました。その後、一九〇五年のポーツマス条約に基づいて、南樺太、今はサハリンと呼ばれていますけれども、この南樺太が我が国に併合され、最後、一九五一年のサンフランシスコ平和条約に基づいて、千島列島が放棄されたというような歴史的な経緯をたどっています。
問題は、この下の、いわゆる第二次世界大戦のときの動きでございます。
皆さんに歴史のことを言うのもはばかられるところでありますけれども、一九四五年の八月九日に、日ソ中立条約を一方的に破棄して、ソ連がいわゆる千島列島等に攻め込んできたという歴史的な経緯がございます。
その上で、これがまた、これは後々のことで問題になってくるわけですけれども、八月二十七までが択捉より先の千島列島、そして八月二十八日に択捉島に侵入したということになっています。その後、九月の一日から四日、国後と色丹島という形で、まず幅がある記載になっています。
そもそも、外務省として、我が国の領土たる国後、色丹、歯舞がいつ占領されたのかということは把握をしていないんでしょうか。
24田田口精一郎外務省大臣官房参事官
御答弁を申し上げます。
政府としては、当時の日本軍の作戦参謀の証言や旧ソ連軍の資料を踏まえ、ソ連軍は、八月二十八日に択捉島、九月一日から四日までの間に国後島、色丹島及び歯舞諸島をそれぞれ武装解除し、遅くとも九月五日までに北方領土を占領したと認識しております。
御指摘の資料「われらの北方領土」では、当時の非常に錯綜していた状況の全体像を広報資料で簡潔に表現するという観点から、このような説明を採用してございます。
いずれにいたしましても、御指摘を踏まえまして、正確で分かりやすい広報に努めていきたい、このように考えております。
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井野俊郎(自民)
私は広報の在り方を聞いているわけではありません。いつ占領されたのか、これはとても大事なことだと思いますよ。それがいつ占領されたのか分からないというのは、私は、国として、俺のものだと言っている立場上、問題だと思うんだけれども、広報じゃないよ、把握していないということですか。
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26田田口精一郎外務省大臣官房参事官
御答弁を申し上げます。
繰り返しになりまして大変恐縮でございますけれども、当時の非常に錯綜していた状況を踏まえて、九月一日から四日までの間に国後島、色丹島及び歯舞諸島をそれぞれ武装解除し、遅くとも九月五日までに北方領土をソ連軍が占領した、このように認識しているところでございます。
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