そこはやはり世襲かもしれませんね。世襲ですよね、そこは。
だから、私は東京に育っています。生まれは岐阜市なんですけれども、育ったのは東京。約三十年ですよ。それから、岐阜へ戻れ、田舎へ戻れと言うので。私は兄がいましたので、兄が多分お酒の方は継いでいましたので、そういう意味では、僕はいいのかな、次男坊ですから東京で好き勝手させてもらおうと思ったんですけれども、そういう形で向こうに戻されちゃった。もういいかげんにもう一つの会社をやらなきゃ困るからということで、戻っちゃったんです。
そこから、四十九から五十直前でしたから、政治に出てくるのは。それまでは、いろいろな、いわゆる企業活動というものを地元でずっとやっていました。そういう形で出てきたということだろうと思います。
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田嶋要(立憲)
私が解説するほどのことはないんですけれども、これは私たちが前回政権を頂戴したときの総選挙でございますが、自民党さんに大変な逆風が吹くと、自民党さんの国会議員の中の世襲比率が跳ね上がる。
要するに、自民党の中でも世襲の方と世襲でない方がいて、やはり世襲の方はまず選挙に落ちないんですよ。あ、大臣は一回落ちていますよね、そうそう、それもあったんですけれども、ごめんなさい。例外はあるにしても、確率論として、いい地盤がある方はなかなか選挙には強いということがこうやって実証的にも示されておりまして。下の表も、お分かりのとおり、これは与党の先生方の方が詳しいと思いま…
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武藤容治(自民)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)
田嶋先生がおっしゃられるように、私はこの二〇〇九年のとき落選になりましたので、その経緯を見たときに、私が二〇〇五年初当選したとき、だから、こういうお金があるのかというのは、正直言って知らなかったです。要するに、父は自分の政治資金団体をそのまま持っていたんですよ。何のためにそれをやっているのかよく分からなかったんですけれども、全くそういう意味で私とは触れていない。ですから、よく世襲議員の相続とか言われていますけれども、私は全くそういう意味では関係ないんですよ。
これは、余り言わない方がいいでしょうね、政治家を三代やると身上を潰すというのはそのとおりなんで…
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田嶋要(立憲)
折に触れて、予算委員会でも我が党の野田代表は二度取り上げておりますね。そういうことで、多くの方が関心を持っているんですけれども、やはり、裏金問題とかいろいろなそういうことの中で、後回し、後回しになるんですね。後回しになるのもやはり分からぬではない。
大臣は、そもそも、なぜ今の選挙区から出ることにしたんですか。
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- (上の発言)
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武藤容治(自民)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)
そこはやはり世襲かもしれませんね。世襲ですよね、そこは。
だから、私は東京に育っています。生まれは岐阜市なんですけれども、育ったのは東京。約三十年ですよ。それから、岐阜へ戻れ、田舎へ戻れと言うので。私は兄がいましたので、兄が多分お酒の方は継いでいましたので、そういう意味では、僕はいいのかな、次男坊ですから東京で好き勝手させてもらおうと思ったんですけれども、そういう形で向こうに戻されちゃった。もういいかげんにもう一つの会社をやらなきゃ困るからということで、戻っちゃったんです。
そこから、四十九から五十直前でしたから、政治に出てくるのは。それまでは、いろいろな、いわゆる企業活動というものを地元でずっとやっていました。そういう形で出てきたということだろうと思います。
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田嶋要(立憲)
本当に正直な御答弁、ありがとうございます。こういうことを、やはり、折に触れて表でしっかり言葉にして、みんなで考えていかないといけないときに来ているんだろうと私は思います。
大臣のように、御性格も、人格識見もある、私は、そういう方々が世襲の方に大勢いらっしゃるのはそのとおりだと思うんですよ。でも、それは世襲でなくても同じ話。問題は、国会議員としての能力や資質の問題ではなくて、その手前の、国会議員を選ぶときの選挙制度の中で、もう何とも言えない、乗り越え難い大きな差があるということは、やはりこれは認めざるを得ないと私は思うんです。
三代やって潰すという話も…
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武藤容治(自民)経済産業大臣・内閣府特命担当大臣(原子力損害賠償・廃炉等支援機構)
何となく、通告の話と全く違う世界に入ってきているので。
ありがとうございます。
ある意味で、ちょっと申し上げておくと、私自身は、嘉門さんというひいじいさんがいました。要するに、嘉門さんは何で無報酬でやったかといったら、やはり、戦後の初めての民選知事になったわけですから、まず県政のいわゆる財政、これをとにかく、赤字にさせては県民に申し訳ないという気持ちで。そしてもう一つ、選挙に出たのは、当時、大体東京から役人が来ていました。東京のやつに任せられるか、この戦後の状況をといって、七十七から立ち上がったんです。ですから、そこはまさに、政治というのは奉仕の精神…
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田嶋要(立憲)
そういうような御立派な答弁で今までずっと先送りされてきているんですよ。だって、九五%ぐらいはおっしゃるとおりだもの。そのとおりの面もたくさんありますよ。だけれども、当事者として言わせていただければ、乗り越え難い差があるんですよ、それは。
石破さんがどういうことをおっしゃっているか、本はかざしませんからね、ちょっと読みますよ。例えば、三親等以内などの近い親族と同じ選挙、同じ選挙区からの出馬の一定の期間制限をするというのも一案ではないでしょうか、石破さん、こうやっておっしゃっているんですよね。これは総理になる前ですから、なった後、言うことは変わるかもしれま…
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