これは、やはり二〇〇五年、二〇〇六年当時、国と沖縄県並びに名護市長等と話合いをしまして、このときに海上案、辺野古沖埋立てが要望されたわけでございますが、その後、V字案などが提案をされまして、先ほどお話をしたとおり、地元の皆様方との合意をするべく協議会を設置いたしまして話合いをした結果、仲井真知事等も当選されましたので、それで環境影響評価に対する方法書を出しまして、工事が進展していったということでございます。
中谷元 (自由民主党)防衛大臣
2025年4月17日・第217回国会 衆議院 安全保障委員会 第8号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 13 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 184 発言)
前後のやりとり
大臣、私は、九九年の合意、これは沖縄県、名護市、国、合意していた三者合意、しかし、それをほごにしたんですよ、あなた方は。十五年使用期限もほごにした、軍民共用空港もほごにした。その責任は国にあるんじゃないですか。自らの責任を頬かむりにして、県に責任を転嫁するなどというのは絶対に許されるものではありません。閣議決定までしたものを閣議決定でほごにする、こんなやり方がありますか。
更に伺いますが、二〇〇二年に合意された軍民共用空港の建設場所は、沖合二・二キロの辺野古側の海域でした。防衛大臣、そこは軟弱地盤はありましたか。
九七年、この当時は沖縄の防衛施設局が代替施設の検討に当たって土質調査を行った結果、辺野古の沖合の地点で沖積層の存在が確認された。その地点の一部は平成十四年、二〇〇二年七月の沖縄の辺野古沖合に代替施設を建設する案、いわゆる海上案の建設場所に含まれていると承知をいたしております。 一方で、海上案につきましては、当時、具体的な設計を行う段階にはなくて、建設場所における地盤改良の必要性については詳細な検討は行っておらず、那覇の防衛施設局としては、地盤改良の必要性を把握していたものではなかった。つまり、海上案が浮上しておりましたので、その必要性はなかったというふ…
辺野古側というのは水深の浅い海域で、軟弱地盤も確認できていませんでした。ところが、それを大浦湾にかかる形で変更したのが二〇〇五年の日米合意であります。
今、軟弱地盤の改良工事のために大幅な工期の延長が必要になっています。普天間基地の返還が更に遅れる原因をつくったのは、軟弱地盤が広がる大浦湾側に建設場所を変更した日本政府の責任ではありませんか。
- (上の発言)
これは、やはり二〇〇五年、二〇〇六年当時、国と沖縄県並びに名護市長等と話合いをしまして、このときに海上案、辺野古沖埋立てが要望されたわけでございますが、その後、V字案などが提案をされまして、先ほどお話をしたとおり、地元の皆様方との合意をするべく協議会を設置いたしまして話合いをした結果、仲井真知事等も当選されましたので、それで環境影響評価に対する方法書を出しまして、工事が進展していったということでございます。
答弁してまずいところは一切答弁しないで省いて言っているんですが、稲嶺知事はV字型案に賛成していなかったですよね。それを何かあたかも賛成したかのような言い方の答弁がありましたが。 防衛省は、この海域の地盤の状況について知らなかったわけではありません。軍民共用空港の建設場所を決める過程で、音波探査もやって、地盤についての一定の認識も持っていました。にもかかわらず、大浦湾側に変更したのです。軟弱地盤の改良工事で大幅に遅れることになりました。遅れたのは防衛省の責任が極めて重大だということじゃありませんか。 沖縄県民は一貫して、この計画に反対してきました。沖縄…
この事業の進捗につきましては、丁寧に時間をかけながら沖縄県と協議いたしております。 そして、二〇〇六年の五月十一日に稲嶺知事が額賀長官とV字案に係る基本確認書を締結しておりまして、このV字案に合意をする上において、これを基本に協議するということで、その後、協議会が設置をされまして話合いをした結果、事業の承認を、沖縄県としても、V字案を基本に協議してきたということでございます。 そこで、御質問の、埋立承認書における時間がかかったのではないかということでございますが、実は、平成二十五年、二〇一三年の埋立承認願書において、沖縄防衛局において、設計段階で必要…
赤嶺君、時間が来ております。