国民民主党の提出者の方にお尋ねします。
今、自民党の提出者の方が、企業・団体献金の禁止ではなくて、透明性の向上という立場で自民と国民民主は一緒だというふうにおっしゃられました。そこはそういう面もあるかもしれないですけれども、企業・団体献金の禁止そのものについて、それは反対だという点が自民党と一緒ということですか。
2024年12月12日・第216回国会 衆議院 政治改革に関する特別委員会 第4号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 49 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 323 発言)
国民民主党の提出者の方にお尋ねします。
今、自民党の提出者の方が、企業・団体献金の禁止ではなくて、透明性の向上という立場で自民と国民民主は一緒だというふうにおっしゃられました。そこはそういう面もあるかもしれないですけれども、企業・団体献金の禁止そのものについて、それは反対だという点が自民党と一緒ということですか。
御質問ありがとうございます。 我が党も、一九九四年に開始されました政党助成制度につきましては、企業・団体献金の廃止とセットで議論されていたと認識しております。にもかかわらず、企業、団体から政党への寄附は許されるという抜け穴がありまして、結局、実態は以前と変わらないということになっております。 今こそ企業・団体献金は、政党に対するものも含みまして、抜け道をつくることなく、例外なく禁止する立法措置を講じなければならないと考えています。 また、裏金問題では、パーティー券の販売が企業・団体献金の代わりにされているということも浮き彫りになっております。第二百…
今、一通りお尋ねをしまして、企業・団体献金の禁止について明確に反対の立場の党は自由民主党ということであります。 意見表明の際に、自民党は、我が党が政治に対する国民の信頼を失う事態を引き起こしたことに対し、党所属国会議員の一人として国民の皆さんに深くおわび申し上げますと述べておりましたけれども、この点、まさに世論調査でもそのことが示されている。そのポイントで、四月の世論調査において、企業・団体献金については利益誘導につながりかねないから認めない方がよいが七九%。総選挙後の世論調査でも、政治資金規正法改正で企業・団体献金の禁止を盛り込むべきとの回答が共同通…
そういった声は真摯に向き合っていかなければなりませんし、その上で、企業の献金が全て悪で、個人の献金が全て善だということの立場は我々は取りませんということも併せて丁寧に説明をし、御理解をいただく努力が必要だと思っています。 現に、今各党からの表明がありましたけれども、この場は、よく立憲さんが公開と熟議と言いますけれども、この公開の場で今明らかになったことは、国民民主党さんは企業・団体献金の禁止とは言っていない、むしろ公開だ、透明性だ、これは我々と考え方は近いなということは分かるわけです。 一方で、抜け穴なく完全にやめるべきだという維新の考え方を聞けば、…
国民民主党の提出者の方にお尋ねします。
今、自民党の提出者の方が、企業・団体献金の禁止ではなくて、透明性の向上という立場で自民と国民民主は一緒だというふうにおっしゃられました。そこはそういう面もあるかもしれないですけれども、企業・団体献金の禁止そのものについて、それは反対だという点が自民党と一緒ということですか。
御質問ありがとうございます。
私も法案提出者としてこの場に立っておりますけれども、私たちは、徹底的な透明化を図るべきだということが、この政治資金規正の議論の在り方だということであります。そのために必要なものを法案として提出をさせていただいております。
先ほど小泉議員おっしゃったように、各党、立場が違うということも我々承知しておりますので、我々としては、全党全会派で一致できる共通点を見出す努力はしていく。その一致できたところを全党一致で実行していくということは常々主張しておりますので、御理解賜れれば幸いです。
今後、引き続きこの点は議論していきたいと思います。
立憲民主党の提出者の方にお尋ねしたいんですが、完全禁止か、そうでない、一部禁止かみたいな話が出されました。政治団体を除くというのは、これは誤解というか、その趣旨について簡単に説明いただけますかね。
私たちの企業・団体献金禁止法案に関して、企業、団体その他の団体、括弧、政治団体を除くと書かれているところが抜け穴ではないかというふうな言説をいただいておりますが、私たちは抜け穴をつくるつもりはございません。 先ほど来提出者として御説明したように、私たちは、むしろ個人献金、個人の皆さんの政治参画を促していきたいと思っておりまして、様々な税制改革等も提案させていただいております。 その中で、個人の方々が様々な思想、信条を持ち寄って政治団体を形成され、その政治団体から任意の中で献金をいただく、これはむしろ政治活動の自由ということで、あり得ることだというふう…