立憲民主党、武正公一です。どうぞよろしくお願いいたします。
七年ぶりに国会に戻していただきまして、この外務委員会も二〇〇〇年以来よく所属をし、外務副大臣も務めさせていただきました。今日、こうして立憲民主党のトップバッターで質問の機会をいただき、外務委員会の理事、委員の皆さんに、そしてまた外務委員会の皆さんに、また、外務大臣始め、外務省の皆さん始め、感謝申し上げたいと思います。
まず、先日、ノーベル平和賞を日本被団協が受賞されまして、私も、田中熙巳代表委員のスピーチを、画面の目の前に座って、食い入るように拝見をさせていただきました。非常に感銘深いスピーチだったなというふうに思っております。
一九五六年、被団協結成までは、四五年の原爆投下以来、なかなかそうした結成には至らなかった国内の事情などもありながら、その後の、長年の活動が認められたことは言うまでもありません。
特に、二つの大きな目的で被団協は活動していることを言っておられました。それはやはり、戦争を遂行した国の賠償を求めるというのがまず第一で、そして第二が核兵器廃絶だというようなことでスピーチを進められる一方、そうした運動が、NPTから核兵器禁止条約の会議に、条約につながっていったことも含めて、次世代にこの活動をいかにつなげていくかということを高らかにうたわれたなというふうに思っております。
この間、やはり多くの方々が、今回、平和賞受賞に当たっていろいろな活動をされてこられていると思います。
私の知るところでは、二〇一五年の十二月十日に、広島、長崎の被爆者がノーベル平和賞の授賞式に招待をされました。これについては、広島・長崎被爆者プロジェクト代表、阿部憲二桐蔭横浜大学教授、代表の皆さんの働きかけ、こういったものもあったのではないか。今回の受賞に向けて、それはあくまで一例でありますが、多くの方々のそうした努力が平和賞につながったのではないかと思っております。
そのときには、今はもう亡くなられてしまいましたが、山根隆治元参議院議員から私は阿部先生を紹介いただきまして、山根さんから引き継いで、そうした手紙を、ノーベル財団始めアメリカ政府などにも発出をしてきた経緯もあります。いろいろな方々の思いが今回の受賞につながっているんだというふうに確信をいたします。
この受賞について、大臣の御所見、御感想を伺えればと思います。
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岩屋毅(自民)外務大臣
先生おっしゃるとおりだと思います。
私も、まだ就任三か月たちませんが、既にこの間、数十か国の外相のみならず関係者とコンタクトを取ってまいりましたが、特にグローバルサウスと言われる国々の代表の方にお会いすると、まさに、日本がODAで本当に地域に寄り添った、人々に寄り添った活動を展開してきたことに対する高い評価をいただいているんだなということをつくづく感じておりまして、委員御指摘のように、それがボディーブローのように利いて、日本の信用というものができているんだなということを実感をしているところでございます。
それに加えて、今御指摘があったようなOSAとい…
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中曽根康隆(自民)
日本にしかできない外交が必ずありますし、今、それがまさに求められている時期だというふうに思います。これからも政府としてしっかりと取り組んでいただきたいと思います。
ありがとうございました。
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堀内詔子(自民)
次に、武正公一君。
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- (上の発言)
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武正公一(立憲)
立憲民主党、武正公一です。どうぞよろしくお願いいたします。
七年ぶりに国会に戻していただきまして、この外務委員会も二〇〇〇年以来よく所属をし、外務副大臣も務めさせていただきました。今日、こうして立憲民主党のトップバッターで質問の機会をいただき、外務委員会の理事、委員の皆さんに、そしてまた外務委員会の皆さんに、また、外務大臣始め、外務省の皆さん始め、感謝申し上げたいと思います。
まず、先日、ノーベル平和賞を日本被団協が受賞されまして、私も、田中熙巳代表委員のスピーチを、画面の目の前に座って、食い入るように拝見をさせていただきました。非常に感銘深いスピーチだったなというふうに思っております。
一九五六年、被団協結成までは、四五年の原爆投下以来、なかなかそうした結成には至らなかった国内の事情などもありながら、その後の、長年の活動が認められたことは言うまでもありません。
特に、二つの大きな目的で被団協は活動していることを言っておられました。それはやはり、戦争を遂行した国の賠償を求めるというのがまず第一で、そして第二が核兵器廃絶だというようなことでスピーチを進められる一方、そうした運動が、NPTから核兵器禁止条約の会議に、条約につながっていったことも含めて、次世代にこの活動をいかにつなげていくかということを高らかにうたわれたなというふうに思っております。
この間、やはり多くの方々が、今回、平和賞受賞に当たっていろいろな活動をされてこられていると思います。
私の知るところでは、二〇一五年の十二月十日に、広島、長崎の被爆者がノーベル平和賞の授賞式に招待をされました。これについては、広島・長崎被爆者プロジェクト代表、阿部憲二桐蔭横浜大学教授、代表の皆さんの働きかけ、こういったものもあったのではないか。今回の受賞に向けて、それはあくまで一例でありますが、多くの方々のそうした努力が平和賞につながったのではないかと思っております。
そのときには、今はもう亡くなられてしまいましたが、山根隆治元参議院議員から私は阿部先生を紹介いただきまして、山根さんから引き継いで、そうした手紙を、ノーベル財団始めアメリカ政府などにも発出をしてきた経緯もあります。いろいろな方々の思いが今回の受賞につながっているんだというふうに確信をいたします。
この受賞について、大臣の御所見、御感想を伺えればと思います。
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岩屋毅(自民)外務大臣
私も武正委員と同じように、あの日、テレビの前で田中代表委員の演説を拝聴して、大変心を動かされました。
長年にわたって被爆の実相を世界に対して発信し続けてこられた被団協が、ノーベル平和賞という栄誉ある賞を受けられたことは極めて意義深いことだと思っておりますし、これまでの活動に心から敬意を表したいと思います。更に祝意を申し上げたいと思っております。
人類に多大な惨禍をもたらし得る核兵器が将来二度と使われることがないように、核兵器のない世界に向けた国際社会の取組を主導することは、唯一の被爆国である我が国のある意味歴史的な使命だというふうに、改めてその思いを…
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武正公一(立憲)
是非、立憲民主党を始め多くの政党が日本政府に求めておりますように、このスピーチでも取り上げられた核兵器禁止条約、来年もまた会議がありますので、やはり日本もオブザーバーとしての参加を決断すべきであるということを求めたいというふうに思います。
また、ちょうど民主党政権下で、私が副大臣を務めたときの外務大臣であった岡田克也元外務大臣がスタートいたしましたNPDI、軍縮・核不拡散イニシアチブ、これは、二〇一四年、自民党、公明党に政権が替わっても継続がされております。
ただ、この回数が、第八回まではほぼ毎年のように開催されていたのが、ここに来て間が二年、三年と…
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岩屋毅(自民)外務大臣
最終的な核兵器の廃絶に向かうための様々な効果的な取組をこれからも引き続きしっかりと進めてまいりたいというふうに思っております。
委員御指摘になった核禁条約オブザーバー参加については、これまでも累次答弁をしてまいりましたように、この条約の意義というのは、私どもよく認識をしておりますけれども、すぐさま署名、締結をするというわけにいかないと。やはり核の最終的な廃絶に向けて何が効果的か、何が実効的かということを、オブザーバー参加している各国の状況も子細に検証しながら、引き続きしっかりと検討を重ねてまいりたいと思っているところでございます。
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