委員長、そして両大臣、よろしくお願いいたします。立憲民主党の屋良でございます。
所信の質疑ということで、これは石破総理もおっしゃっていたわけですけれども、沖縄の負担軽減を政府の重要な課題として取り組んでいただけるということを繰り返し所信で表明していただいているということでございます。
ここで、言葉の意味というか、負担軽減とはどういうことなのかということを、まずそもそも論で議論させていただきたいと思っております。
両大臣とも安全保障、防衛については大変精通なさっているお二人なので、そこのところ、そもそも論になりますけれども、負担とはどういうものなのか、それを軽減するとはどういうものなのか、最近グアムへの移転が始まったという報道もありますので、そういったところも突っ込んで少し議論させていただきたいと思っております。
一般的に、沖縄の基地というのは、戦争が終わって米軍が駐留してそのままずっと駐留しているというイメージがあると思うんですけれども、それは間違っていて、戦争が終わった直後は本土側の方が駐留米軍はずっと多かったわけです、御承知のとおり。比率で言うと八対二、ほとんど本土だったんです。それがどんどんどんどん沖縄に移転してきた。今、沖縄の米軍基地の七割を占有している海兵隊です。だから、全国の中で沖縄に米軍基地が七割集中しているんだよという数字はよく出てきますけれども、沖縄の中でどれぐらいの部隊のシェアかというと、七割が海兵隊です。
その圧倒的に大きな存在である海兵隊がそもそもどこにいたのかというと、余り広く知られていない。そもそもは岐阜県や山梨県や静岡県に分散配置されていた。一九五〇年来、朝鮮戦争があって、朝鮮半島を警戒するために海兵隊が日本に配備されたのが初めであります。
それが沖縄になぜ来たのかということです。岐阜県とかに配備されたのは一九五三年。沖縄に移駐してきたのが一九五六年で、僅かな間です。それはなぜかということを議論させていただきたいんですけれども、資料一でまとめてみました。
一九五〇年代というのは、六〇年安保とか七〇年安保にかけて国内のあちらこちらで基地の反対運動があった時代です。その中で海兵隊が来て、海兵隊に対しても反対運動が起きたということです。
そんな中で、アメリカの政策は、在日米軍に対する日本国民の反対が強くなって政治的なコストが高くなると日米関係は不安定になるから、沖縄に集めましょうということをはっきり書いてあるアメリカ国務省の一九五六年十二月二十一日付の日本における米国の軍事的立場の再考というレポートがありまして、その中に何が書かれているかというと、米軍基地の存在を日本国民の目に留まりにくいようにして、反基地感情を減らすべきだ、日本に駐留する政治的コストが高騰した場合、本土から撤退し、沖縄を主要基地として保持し続けるというふうに書かれております。
ということは、今、抑止力の維持、あるいは地理的優位性、安全保障の問題、日米同盟の問題という言葉でいろいろ沖縄の基地について説明がなされますけれども、元をたどれば、政治的な判断で、日本国内で基地問題をクローズアップさせたくなかったというのが当時の判断であったということが言えると思うんです。
大臣、政治的な背景があったということについて大臣の御見解を伺いたいんです。中谷大臣、よろしくお願いします。
28池池畑浩太朗(維新)
官民一体というのがキーだというふうに思います。是非取り組んでいただきたいと思います。
やはり今日、大臣所信に対しての質問でありました。いろいろな多岐にわたった質問でありましたけれども、やはり退役された皆様、そして技術を積み重ねた皆様、どういった就職先をこれから考えられるか、そして、自衛官の方々がいかに国を守っていく体制をこれから整えていかれるかということは大事なことだというふうに思いますので、是非とも頑張っていただきたいと思います。
最後に、大臣、御就任誠におめでとうございます。
これで、質問を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございまし…
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29
遠藤敬(維新)
時間に対する御配慮、ありがとうございました。
午後三時二十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
午前九時四十四分休憩
――――◇―――――
午後三時二十分開議
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30
遠藤敬(維新)
休憩前に引き続き会議を開きます。
質疑を続行いたします。屋良朝博君。
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- (上の発言)
31屋屋良朝博(立憲)
委員長、そして両大臣、よろしくお願いいたします。立憲民主党の屋良でございます。
所信の質疑ということで、これは石破総理もおっしゃっていたわけですけれども、沖縄の負担軽減を政府の重要な課題として取り組んでいただけるということを繰り返し所信で表明していただいているということでございます。
ここで、言葉の意味というか、負担軽減とはどういうことなのかということを、まずそもそも論で議論させていただきたいと思っております。
両大臣とも安全保障、防衛については大変精通なさっているお二人なので、そこのところ、そもそも論になりますけれども、負担とはどういうものなのか、それを軽減するとはどういうものなのか、最近グアムへの移転が始まったという報道もありますので、そういったところも突っ込んで少し議論させていただきたいと思っております。
一般的に、沖縄の基地というのは、戦争が終わって米軍が駐留してそのままずっと駐留しているというイメージがあると思うんですけれども、それは間違っていて、戦争が終わった直後は本土側の方が駐留米軍はずっと多かったわけです、御承知のとおり。比率で言うと八対二、ほとんど本土だったんです。それがどんどんどんどん沖縄に移転してきた。今、沖縄の米軍基地の七割を占有している海兵隊です。だから、全国の中で沖縄に米軍基地が七割集中しているんだよという数字はよく出てきますけれども、沖縄の中でどれぐらいの部隊のシェアかというと、七割が海兵隊です。
その圧倒的に大きな存在である海兵隊がそもそもどこにいたのかというと、余り広く知られていない。そもそもは岐阜県や山梨県や静岡県に分散配置されていた。一九五〇年来、朝鮮戦争があって、朝鮮半島を警戒するために海兵隊が日本に配備されたのが初めであります。
それが沖縄になぜ来たのかということです。岐阜県とかに配備されたのは一九五三年。沖縄に移駐してきたのが一九五六年で、僅かな間です。それはなぜかということを議論させていただきたいんですけれども、資料一でまとめてみました。
一九五〇年代というのは、六〇年安保とか七〇年安保にかけて国内のあちらこちらで基地の反対運動があった時代です。その中で海兵隊が来て、海兵隊に対しても反対運動が起きたということです。
そんな中で、アメリカの政策は、在日米軍に対する日本国民の反対が強くなって政治的なコストが高くなると日米関係は不安定になるから、沖縄に集めましょうということをはっきり書いてあるアメリカ国務省の一九五六年十二月二十一日付の日本における米国の軍事的立場の再考というレポートがありまして、その中に何が書かれているかというと、米軍基地の存在を日本国民の目に留まりにくいようにして、反基地感情を減らすべきだ、日本に駐留する政治的コストが高騰した場合、本土から撤退し、沖縄を主要基地として保持し続けるというふうに書かれております。
ということは、今、抑止力の維持、あるいは地理的優位性、安全保障の問題、日米同盟の問題という言葉でいろいろ沖縄の基地について説明がなされますけれども、元をたどれば、政治的な判断で、日本国内で基地問題をクローズアップさせたくなかったというのが当時の判断であったということが言えると思うんです。
大臣、政治的な背景があったということについて大臣の御見解を伺いたいんです。中谷大臣、よろしくお願いします。
32
中谷元(自民)防衛大臣
当時は朝鮮戦争の終わった後ということでございました。それまでの日本は、戦争に敗れまして米国の占領を受けるということで、米兵が全国各地に展開いたしまして、武装解除や戦後の政治の安定ということで寄与されていましたが、朝鮮戦争が始まりましたので、多くの米兵が朝鮮半島に行かれました。その後、終戦後、日本に帰ってきたわけでございますが、そういう意味では、基地をある程度集約し、また、米兵の目的も日本の安定統治から極東の平和、安定というような観点もありまして、沖縄の方に集約された部分がございます。
海兵隊などは、一番まとまったところに所在することが運用上便利である、…
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33屋屋良朝博(立憲)
政治的な状況よりも、軍事的な理由、その合理性を優先させたので沖縄に集約したんじゃないかというお考えを今述べられたと思います。
しかし、軍事が政治を優先することはほとんどあり得ないことだと思っております。なぜ最初に岐阜、山梨、静岡に駐留したのか。それは朝鮮半島を警戒したからであって、五〇年代の半ばはまだ朝鮮半島は不安定です。なぜ遠い沖縄に持ってきたのか、理由が全く分からない。アメリカの資料を読んでみると、それは本土における反対運動が強くなったから沖縄に移転させたんだということがはっきり書かれているわけです。
先ほど大臣がおっしゃったのは、あたかもアメリ…
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中谷元(自民)防衛大臣
これは、二〇一四年当時でありますけれども、私が議員会館にいたときに、ひょっこり学生が来られて、この報道の内容の話をしました。まさかインターネットに載るとは思いませんで、その後、琉球新報に載ってしまいましたけれども。
これは、正直な気持ちで、私も、沖縄の負担軽減ということで、負担とは何かというと、騒音とか土地の利用とか、様々に県民生活に影響を及ぼしていることが一つであります。
私は二〇〇一年に防衛庁長官に就任しましたけれども、このときは、負担軽減という意味におきましては、モンデール・橋本合意がありまして、キャンプ・シュワブ沖に普天間を移設しますというよ…
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