この度、院議をもって衆議院議員在職二十五年の表彰を賜りました。心より厚く御礼申し上げます。
とりわけ、私をこれまで支えていただいた地元後援会や支援者の皆様、そして、苦しいときも献身的に尽くしてくれた秘書や事務所スタッフに感謝いたします。(拍手)
私は、小選挙区制導入後初の総選挙に立候補したわけですが、実は平成五年の中選挙区制での初出馬に向けて準備を進めていました。ところが、両親を始め家族からの猛反対を受け、立候補するなら勘当だと言われ、出馬を一度は断念しましたが、諦め切れず、家を出て、次の選挙に向け、朝の駅頭や、支援者の輪を広げるべく様々な活動をし、三年の時を経て初当選をさせていただきました。(拍手)
私が国会議員を目指したのは、三十歳代に世界の女性指導者と会う機会があったことが大きく影響しています。
特に、先進国初の女性首相となった英国のサッチャー首相、世界初の民選国家元首であるアイスランドのフィンボガドゥテル大統領、そして、夫が暗殺された後、ニカラグア初の女性大統領となったチャモロ大統領の三人に政治家を志すよう助言をもらったことが強く私の気持ちを奮い立たせました。
フィンボガドゥテル元大統領には、ずっと娘のようにかわいがってもらい、今年の七月に日本・アイスランド友好議員連盟の会長として訪問した際には、復興大臣就任を我が事のように喜んでいただきました。
初当選以来、自分自身の信念である議員外交を積極的に展開してまいりました。これまでに世界九十三の国と地域を訪問し、多くの要人と会談を重ねてきました。世界情勢が不安定な中で、我が国を取り巻く安全保障環境も激変していますが、これまで培ってきた人脈を活用して、今後ともしっかり取り組んでまいります。
この間に取り組んだ法律の中で印象に残っているのは、議員立法で成立させた臓器移植法です。国会議員として最初に所属したのが厚生委員会で、十年以上も継続審議や廃案を繰り返し、成立を見ることがなかった法案でした。当時、日本は海外に臓器を買いに行っているという非難が外交問題に発展する様相を見せていた時期で、提案議員として、議連のメンバーと手分けをして賛同者を募り、党議拘束を外しての採決で法案が成立いたしました。
また、介護保険法の成立にも深く関わりました。与野党伯仲の中、無所属だった私の一票が決め手となり、委員会を通過しました。その後、介護現場の実態を知るためにホームヘルパー二級の資格を取ったのも、よい思い出です。
選挙では一度だけ苦杯をなめたこともありました。旧埼玉十三区の皆様に励まされ、再度国会に送ってもらったことが、自分自身の成長にもつながったと感じています。
今回の区割りで新設された新十六区でも、半分以上も選挙区が変わる中、小選挙区で九回目の当選をさせていただき、支えてくださった皆様には、感謝してもし切れません。
昨年の九月から今年の十月まで、復興大臣として現場主義を貫いてまいりましたが、今日この日を一つの区切りとして、座右の銘である飛耳長目を実践していくことを肝に銘じ、我が国の繁栄のため真摯に働いていくことをお誓いして、謝辞といたします。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)
14
額賀福志郎議長
お諮りいたします。
本院議員として在職二十五年に達せられました土屋品子君及び江渡聡徳君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。
表彰文は議長に一任されたいと存じます。これに御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言のページ
15
額賀福志郎議長
御異議なしと認めます。よって、そのとおり決まりました。
これより表彰文を順次朗読いたします。
議員土屋品子君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
〔拍手〕
…………………………………
議員江渡聡徳君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた
よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する
〔拍手〕
この贈呈方は議長において取り計らいます。
――…
この発言のページ
16
額賀福志郎議長
この際、土屋品子君及び江渡聡徳君から発言を求められております。順次これを許します。土屋品子君。
〔土屋品子君登壇〕
この発言のページ
- (上の発言)
17
土屋品子(自民)
この度、院議をもって衆議院議員在職二十五年の表彰を賜りました。心より厚く御礼申し上げます。
とりわけ、私をこれまで支えていただいた地元後援会や支援者の皆様、そして、苦しいときも献身的に尽くしてくれた秘書や事務所スタッフに感謝いたします。(拍手)
私は、小選挙区制導入後初の総選挙に立候補したわけですが、実は平成五年の中選挙区制での初出馬に向けて準備を進めていました。ところが、両親を始め家族からの猛反対を受け、立候補するなら勘当だと言われ、出馬を一度は断念しましたが、諦め切れず、家を出て、次の選挙に向け、朝の駅頭や、支援者の輪を広げるべく様々な活動をし、三年の時を経て初当選をさせていただきました。(拍手)
私が国会議員を目指したのは、三十歳代に世界の女性指導者と会う機会があったことが大きく影響しています。
特に、先進国初の女性首相となった英国のサッチャー首相、世界初の民選国家元首であるアイスランドのフィンボガドゥテル大統領、そして、夫が暗殺された後、ニカラグア初の女性大統領となったチャモロ大統領の三人に政治家を志すよう助言をもらったことが強く私の気持ちを奮い立たせました。
フィンボガドゥテル元大統領には、ずっと娘のようにかわいがってもらい、今年の七月に日本・アイスランド友好議員連盟の会長として訪問した際には、復興大臣就任を我が事のように喜んでいただきました。
初当選以来、自分自身の信念である議員外交を積極的に展開してまいりました。これまでに世界九十三の国と地域を訪問し、多くの要人と会談を重ねてきました。世界情勢が不安定な中で、我が国を取り巻く安全保障環境も激変していますが、これまで培ってきた人脈を活用して、今後ともしっかり取り組んでまいります。
この間に取り組んだ法律の中で印象に残っているのは、議員立法で成立させた臓器移植法です。国会議員として最初に所属したのが厚生委員会で、十年以上も継続審議や廃案を繰り返し、成立を見ることがなかった法案でした。当時、日本は海外に臓器を買いに行っているという非難が外交問題に発展する様相を見せていた時期で、提案議員として、議連のメンバーと手分けをして賛同者を募り、党議拘束を外しての採決で法案が成立いたしました。
また、介護保険法の成立にも深く関わりました。与野党伯仲の中、無所属だった私の一票が決め手となり、委員会を通過しました。その後、介護現場の実態を知るためにホームヘルパー二級の資格を取ったのも、よい思い出です。
選挙では一度だけ苦杯をなめたこともありました。旧埼玉十三区の皆様に励まされ、再度国会に送ってもらったことが、自分自身の成長にもつながったと感じています。
今回の区割りで新設された新十六区でも、半分以上も選挙区が変わる中、小選挙区で九回目の当選をさせていただき、支えてくださった皆様には、感謝してもし切れません。
昨年の九月から今年の十月まで、復興大臣として現場主義を貫いてまいりましたが、今日この日を一つの区切りとして、座右の銘である飛耳長目を実践していくことを肝に銘じ、我が国の繁栄のため真摯に働いていくことをお誓いして、謝辞といたします。
本日は誠にありがとうございました。(拍手)
18
額賀福志郎議長
江渡聡徳君。
〔江渡聡徳君登壇〕
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19
江渡聡徳(自民)
この度、院議をもって永年在職議員表彰の栄誉を賜りましたこと、誠に身に余る光栄であり、心より感謝を申し上げます。
そして、私を支え、これまで育てていただいた我が郷土青森県の皆様、苦楽を共に味わい、長年活動に付き添ってくれた同志の皆様、何より、献身的に努め、私とこれまでの人生、議員生活を共に歩んでくれた妻、そして、私を支えてくれた亡き母と亡き姉たちに、心より感謝を申し上げます。(拍手)
私は、平成八年、四十歳で、小選挙区制となった衆議院議員総選挙に立候補し、地元十和田市から四十年ぶりとなる衆議院議員となりました。
今は亡き父が政治家だったこともあり、物…
この発言のページ
20
額賀福志郎議長
本日は、これにて散会いたします。
午後一時二十一分散会
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