稲谷龍彦京都大学大学院法学研究科教授

2026年6月19日・第221回国会 参議院 デジタル社会の形成及び人工知能の活用等に関する特別委員会 第6号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 3 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 123 発言)

ただいま御紹介にあずかりました京都大学大学院法学研究科で教授をしております稲谷と申します。

本日は、このような機会を賜り、誠にありがとうございます。

私は、研究者として、特に企業に対する制裁制度を含む刑事司法制度とデジタルガバナンス及び科学技術と法に関する領域を専門としております。また、データ利活用の観点からは、デジタル行財政改革会議事務局におけるデータ利活用制度・システム検討会に参画し、さらに、いわゆるDFFT、信頼性のある自由なデータ流通に関する複数の検討会にも所属し、特にデータセキュリティーを扱うワーキンググループにおいては座長も務めさせていただいております。

本日は、現在御審議中の法案に関連し、データ利活用の推進に関する規律を検討する際に重要と考えられる視点として、第一に幸福追求権の実質化、第二にコンプライアンスコストの合理的低減、第三に制度、技術、運用の統合を通じたリスクの合理的低減、第四にアジャイルな対応の必要性、この四点について意見を申し述べたく存じます。

第一に、幸福追求権の実質化の観点でございます。

私は、データ利活用を進めていく基礎となる法規範について、憲法十三条の幸福追求権を中心に考えていくべきではないかと考えてございます。

幸福追求権の具体的な内実については曖昧な部分もございますが、語の本来の意味からいって、個人が自身のウエルビーイングの実現を追求する権利であるということに疑いはないように存じます。

これまで幸福追求権は、特に個人データとの関係では、当該データと関連付けられる主体、いわゆるデータ主体に不利益を及ぼすような不適切な管理、利用や、濫用、悪用等のモラルハザードを抑止するという観点から中心に語られてきました。

しかし、近年では、海外でも日本でも、むしろデータの連携、利活用が個人のウエルビーイングの向上に不可欠となる場面も様々存在することが明確になってきており、それが幸福追求権の理解にも関係し始めているということが重要であると考えてございます。例えば、医療、金融、教育のような公共、準公共分野においては、社会内に分散するデータを統合して解析することで初めて個人に最適化した形でのサービスの提供が可能になる場合もあります。

データを連携、利活用することで、個人最適化されたサービスを一部の人だけではなく広く一般に利用できるようにするということは、全ての人に対して公平に幸福追求権の保障を実質化するということになるのだと考えます。また、データを利活用し、AIなどの先端科学技術を適切に用いることで、安全性の確保が必要な労働分野や防災分野など、人の生命、身体、財産というウエルビーイングの基盤となる法益が関わる分野においても高い法益保護効果を得ることが期待できると考えられます。

もちろん、冒頭申し上げましたとおり、データの濫用等によるデータ主体の不利益の問題は依然として残ります。しかし、一人一人のウエルビーイングを実現するためには、こうしたデータ連携や利活用によって生じる費用を合理的に低減しつつ、便益をもたらすデータ利活用を促進するというリスクベースのアプローチがデジタル社会における幸福追求権の実質化という法規範的な観点からの要請を満たす上で重要だと考えます。

データの連携と利活用によってどのようにベネフィットを最大化できるかという視点を正面から据え、幸福追求権を単なる保護の規範にとどまらず、個人のウエルビーイングの実現に直結する法規範としてデータ利活用に関する議論全体を導く役割を果たす指導理念として考えていくべきであると、このように考えます。

第二に、コンプライアンスコストの合理的軽減の問題でございます。

近年、EUのGDPR、一般データ保護規則を一つの端緒として、域外適用を伴う強力な規制が各国に広がり、企業に対して極めて重いコンプライアンスコストを課す傾向が見られます。しかしながら、このような過大なコスト負担は、結果として反競争的な効果を持つ可能性があるとの指摘が国際的にもなされております。すなわち、高いコンプライアンスコストに耐えられるのは、現実には資本力や人材を有する大企業に限られ、中小企業やスタートアップの参入を困難にし、経済的集中を強めるおそれがあるというものでございます。このような状況は、イノベーションの促進という観点からも、健全な競争環境の維持という観点からも望ましいものではありません。また、こうした規制の結果として、データ利活用自体が停滞する可能性も否定できません。

したがいまして、データに関するガバナンスの在り方を検討するに当たっては、ユースケースなどの解像度を高め、リスクベースアプローチの精度を向上させることで、ソフトローなども活用しつつ、できる限り合理的で、関係するステークホルダーにとっても納得度の高いものにしていく必要があると、このように考えます。

第三に、制度、技術、運用の統合を通じたリスクの合理的低減でございます。

この点は、先ほどのコンプライアンスコストの問題とも密接に関連いたします。

データ利活用に関する規律は、抽象的な法制度の設計のみによって達成されるものではなく、具体的なユースケースを前提として分野横断的に検討される必要があります。そして、法制度とテクノロジーアーキテクチャーを統合的に設計し、運用していく視点が不可欠であると考えます。

特に、データセキュリティーの分野におきましては、法的な義務や運用上のルールに加え、暗号化やアクセス制御、秘密計算といった技術的措置を適切に組み合わせることで、データ保護の実効性を高めると同時に、遵守コストの低減を図ることが可能かつ必要となると考えます。すなわち、制度、技術、運用という三つの要素を一体として設計、運用することで、法執行及び法遵守の両面において効率的かつ実効的なガバナンスを実現することが重要でございます。この点は、個人情報保護法の今後の在り方とも関わる論点であると、このように認識をしております。

最後に、第四として、アジャイルな対応の必要性についてでございます。

近時、EUにおいて、生成AIとEU・AIアクトをめぐる混乱が起きてございますように、技術革新の速度が速い中で、法律において全てを先見的に定めようとする戦略が適切とは言い難い領域も生じてきております。こうした領域では、むしろ国民一人一人のウエルビーイングを実現するために、先端的なテクノロジーをも積極的に活用しながら、それがもたらすコストとベネフィットを踏まえ、制度を継続的かつ柔軟に見直していく、見直し改善していく考え方、いわゆるアジャイルガバナンスの考え方が不可欠となると考えます。

全てを一度に整合的な体系として設計することを目指すのではなく、関係者間で合意可能な領域から実務的に取り組み、その過程で構造を明確化し、段階的に制度を精緻化していくアプローチでないと、一切実効性のない制度に陥ってしまう可能性もあると考えます。

例えば、特定の分野のデータ利活用に当たって、利活用が認められる資格要件を考える場合に、法律のようなハードローで全ていきなり決め切ってしまうのではなく、専門家が策定したデータガバナンスコードのようなソフトローなども用いて、各主体が求められる行動を具体化し実現させていくなど、ハードローとソフトロー、固い構造と柔らかい構造を適切に組み合わせることにより、実効性と柔軟性の両立を図り、全体の法体系を今求められているものに組み替え続けていく、こういった努力が求められるのだと思われます。

加えて、制度、技術、運用の三位一体の在り方というものを不断に見直し続ける、この点でも、必ずステークホルダーを巻き込みながら、アジャイルガバナンスのような仕組みで対応していくことが重要であると、このように考えてございます。

今般の法案は、データ利活用の基本的枠組みを整備しつつ、具体的な運用については指針等のソフトローを含む体系に委ねる構造となっており、技術や社会の変化に対してアジャイルに対応できるものと評価をしてございます。今後は、本法案に基づく枠組みの下で、制度、技術、運用が一体となって、この法案の仕組みが現場や実務において使い勝手の良いものとなり、国民一人一人のウエルビーイングが向上していくことを強く期待しております。

私の意見は以上となります。御清聴ありがとうございました。

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