参政党の梅村みずほです。
私は、会派を代表し、ただいま議題となりました国旗の損壊等の処罰に関する法律案に賛成の立場から討論いたします。
国旗とは、その国が歩んできた歴史、先人が守り育み、現代へ受け継がれてきた伝統や文化、その国に生きる人々の象徴でもあります。
オリンピックのメダリストたちが、掲揚される国旗を涙とともに見上げるのはなぜでしょうか。国の代表選手として選ばれ、国民の期待を背負い、国旗を持って送り出され、国旗を振って応援され、国のプライドを懸けて戦い、長年にわたる苦労の日々の終着点として自国の旗が掲揚される瞬間を何度も夢見てきたからではないでしょうか。
また、外国から要人を迎えるとき、私たちは、日の丸と相手国の国旗を並べ、時には二本の旗を交差して掲げます。それは、単なる会場の装飾ではありません。国旗を通じて、その国の歴史、文化、国家、そして国民に対する敬意を表しているのです。
国と国との間には、時として深刻な意見の対立があります。外交関係が緊迫することもあります。価値観が大きく異なる国もあります。しかし、どれほど意見が違っても、相手国の国旗を焼き、引き裂き、踏みにじることは慎む、それが国家間における最低限の礼節、国際儀礼であります。だからこそ、我が国は、明治四十年の現行刑法制定時から、刑法第九十二条に外国国章損壊罪を置いてきました。
私たちは、中国の国旗を汚すことを許しません。北朝鮮の国旗を引き裂くことを許しません。アメリカの国旗を、フィリピンの国旗を、フィンランドの国旗を、韓国の国旗を、そして世界のいかなる国の国旗であっても、みだりに踏みにじることを是としません。なぜなら、国旗を侮辱することは、その国家の尊厳を傷つけ、その旗を大切に思う国民の心を傷つける行為だからです。
国家の主権と尊厳を守り、この国を築いてくださった先人に感謝し、世界に大調和をもたらさんとする参政党が、国政政党として初めて国会へ提出した議員立法が、まさに日本国国章損壊罪を創設する刑法改正案でありました。そもそも、その意味で本日の議論は私たちに、その意味で、本日の議論は私たちにとって特別な重みを持っています。そもそも、今日に至るまで、我が国の国旗に対してのみ、どれだけ汚されようが、引き裂かれようが、燃やされようが、自己所有の場合であれば許されてきたということ自体が公平性を欠いていました。
主要国においても、自国国旗の損壊等に対する罰則を設けている国は多く、外国旗への損壊等に対してのみ罰則を設け、自分たちの国旗のみ保護されていないのは我が国だけでありました。各種世論調査においても、国旗損壊罪の創設を支持する意見が反対を大きく上回っているのは、多くの国民が日の丸を大切にしてほしいと願っていることの表れです。
外国国章損壊罪は外国との友好関係を保護する趣旨を持つ規定であり、日本の国旗が損壊されても外交上の問題にはなり得ないとする言説があります。そんなことはありません。仮に、特定の国籍の者が集団で日の丸を引き裂き、その映像を世界へ発信するような行為が繰り返されたならば、我が国の対外関係に何らかの影響を及ぼさないとも限らないのです。
外国の国旗には敬意を払いなさい、しかし日章旗に何をされても日本だけは耐えなさい、そのような一方的な寛容を美徳と呼んではなりません。自国の尊厳を大切にできる者であってこそ、他国の尊厳にも真に敬意を払うことができるのであり、立法府として明確な規範意思を示す必要があります。
表現の自由を侵害するのではないかとの言説があります。もちろん、表現の自由は民主主義を支える極めて重要な権利であり、政府や政党、政策に反対する自由も最大限尊重されなければなりません。しかし、自由や権利は他者の自由と権利を尊重し合うことによって成り立つものであり、表現の自由もまた、国旗を大切に思う多くの国民の思いや人格的利益と調和しながら保障されるべき権利であります。
この法律自体が違憲である可能性を指摘する声もありますが、外国国章損壊罪に違憲論はなく、そうであるならば、日章旗についてのみ違憲とされることもないはずです。
とはいえ、アメリカでは、表現の自由を保障する合衆国憲法との関係で国旗保護法の適用を違憲とした連邦最高裁判所判決があります。もし、この法律が成立した暁に日本の最高裁において違憲判決が出されるようなことがあるのならば、そのときはドイツのように国旗を日本国憲法において定めることも一つの解決策となり得るでしょう。ドイツでは憲法に国旗が規定され、国旗保護は、国民感情や物の保護ではなく、国家の存立と憲法秩序を守ることとみなされるのです。
その場合であっても、当然に思想や信条、芸術や政治的言論そのものを罰する法律は許されず、罰則の対象は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為に限定されなければなりません。さらに、その判断に当たっては、行為の態様や周囲の状況など客観的事情を総合的に考慮し、憲法上の自由と権利を不当に侵害しないように配慮することが重要です。大切なのは、社会通念に照らし、独り善がりな主張ではない客観性において正当な表現と認められるかということです。
その意味において、昨年夏の参議院選挙以降、参政党の街頭演説等で掲げられてきた大きなバツ印を付けた日の丸は許されるものではありませんでした。参政党の政策に反対することは自由です。個人の政治家を批判することも自由です。それならば、堂々と言論で対抗すればよい。視覚的に意思を表したいのであれば、参政党の名称や党のシンボルを用いて表現すればよいのであります。日の丸は、参政党の象徴ではありません。特定の政治家の象徴でもありません。時の政権の象徴でも、総理大臣の象徴でもありません。日本という国家と日本国民全体を象徴する旗であります。汚された日本国旗を誇示し、我々を差別主義者と指さす者こそ、私たちの目には日本を蔑む差別主義者に見えました。
表現の自由を盾に取るたった一人のために、日の丸を大切に思う多くの国民が悲しみと憤りを胸にしまい込み、ただ耐え続けなければならない、そのような不条理をいつまでも放置することはなりません。今こそ、この法律を成立させるときなのです。
もっとも、本法律案は、参政党が当初求めた内容を全て実現したものではありませんでした。参政党は国旗損壊罪の保護法益は国家法益であるべきと考えてきましたし、本法が国旗を大切に思う国民感情を保護法益とするのであれば、損壊された日の丸を公然と誇示する行為こそ罰則の対象に含めるべきでした。
しかし、四党協議の結果、附則には施行後三年を目途とする見直し規定が盛り込まれました。損壊された国旗の公然陳列などについても検討対象とすることが明記されたことを重く受け止め、参政党は独自法案を撤回し、本法律案の共同提出者となりました。理念を曲げたのではありません。理念を実定法へと昇華させるための決断でありました。
まず、国家として、国旗を公然と著しく辱める行為は許さないという意思を明確に示す。そして、不十分な点があれば、三年後の見直しの中で更により良い制度へ発展させていく。それこそが、日本の尊厳を守る確かな一歩であると確信しております。
学校教育において、学習指導要領が自国と他国の国旗・国歌を尊重する態度を育てることを求めているにもかかわらず、今日なお国旗掲揚や国歌斉唱に係る職務命令違反による処分が皆無ではないということは恥ずべきことです。子供たちに日本だけはないがしろにされても我慢しなさいと教えるのではなく、日本も他国も共に大切にされるべきだと子供たちに伝えるためにも、この法律は必要です。
国旗を大切にすることは、戦争や軍国主義を賛美することではありません。他国を敵視することでもありません。自分を愛するからこそ他者にも優しくできるように、自国を愛するからこそ他国にも敬意を払う、自国の尊厳を守るからこそ他国の尊厳も守る、それこそが成熟した国家の姿であると日本の子供たちに伝えましょう。
国旗とは、国家の過去と現在、そして未来を結ぶ旗です。先人から受け継いだ形見であり、子孫へ託すたすきでもあります。
白地に赤く日の丸染めて、青空高く日の丸揚げて。この美しい日本の旗を、胸を張って次の世代へ受け渡そうではありませんか。
以上、参政党を代表して、本法律案に賛成することを改めて表明し、討論を終わります。
ありがとうございました。(拍手)
17
関口昌一議長
窪田哲也君。
〔窪田哲也君登壇、拍手〕
この発言のページ
18窪窪田哲也(公明)
公明党の窪田哲也です。
会派を代表して、国旗損壊処罰法案に反対の立場から討論いたします。
私は、国旗を心から大切に思う一人です。しかし、国旗を傷つける行為に刑罰を科さねばならないような根拠は乏しく、法案は不要と考えます。本来、人に刑罰を科すような重い法案は、法制審議会で徹底的に議論し、閣法として国会提出され、正常かつ慎重、十分な国会審議を経て成立されるべきものです。
以下、主に十点にわたり、反対理由を述べます。
一、そもそも刑罰は、国家による最も強い権力行使であり、極めて慎重であるべきです。他の手段で利益を守れない場合に限り、最終手段として必要最…
この発言のページ
19
関口昌一議長
梅村みずほ君。
〔梅村みずほ君登壇、拍手〕
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- (上の発言)
20
梅村みずほ(参政)
参政党の梅村みずほです。
私は、会派を代表し、ただいま議題となりました国旗の損壊等の処罰に関する法律案に賛成の立場から討論いたします。
国旗とは、その国が歩んできた歴史、先人が守り育み、現代へ受け継がれてきた伝統や文化、その国に生きる人々の象徴でもあります。
オリンピックのメダリストたちが、掲揚される国旗を涙とともに見上げるのはなぜでしょうか。国の代表選手として選ばれ、国民の期待を背負い、国旗を持って送り出され、国旗を振って応援され、国のプライドを懸けて戦い、長年にわたる苦労の日々の終着点として自国の旗が掲揚される瞬間を何度も夢見てきたからではないでしょうか。
また、外国から要人を迎えるとき、私たちは、日の丸と相手国の国旗を並べ、時には二本の旗を交差して掲げます。それは、単なる会場の装飾ではありません。国旗を通じて、その国の歴史、文化、国家、そして国民に対する敬意を表しているのです。
国と国との間には、時として深刻な意見の対立があります。外交関係が緊迫することもあります。価値観が大きく異なる国もあります。しかし、どれほど意見が違っても、相手国の国旗を焼き、引き裂き、踏みにじることは慎む、それが国家間における最低限の礼節、国際儀礼であります。だからこそ、我が国は、明治四十年の現行刑法制定時から、刑法第九十二条に外国国章損壊罪を置いてきました。
私たちは、中国の国旗を汚すことを許しません。北朝鮮の国旗を引き裂くことを許しません。アメリカの国旗を、フィリピンの国旗を、フィンランドの国旗を、韓国の国旗を、そして世界のいかなる国の国旗であっても、みだりに踏みにじることを是としません。なぜなら、国旗を侮辱することは、その国家の尊厳を傷つけ、その旗を大切に思う国民の心を傷つける行為だからです。
国家の主権と尊厳を守り、この国を築いてくださった先人に感謝し、世界に大調和をもたらさんとする参政党が、国政政党として初めて国会へ提出した議員立法が、まさに日本国国章損壊罪を創設する刑法改正案でありました。そもそも、その意味で本日の議論は私たちに、その意味で、本日の議論は私たちにとって特別な重みを持っています。そもそも、今日に至るまで、我が国の国旗に対してのみ、どれだけ汚されようが、引き裂かれようが、燃やされようが、自己所有の場合であれば許されてきたということ自体が公平性を欠いていました。
主要国においても、自国国旗の損壊等に対する罰則を設けている国は多く、外国旗への損壊等に対してのみ罰則を設け、自分たちの国旗のみ保護されていないのは我が国だけでありました。各種世論調査においても、国旗損壊罪の創設を支持する意見が反対を大きく上回っているのは、多くの国民が日の丸を大切にしてほしいと願っていることの表れです。
外国国章損壊罪は外国との友好関係を保護する趣旨を持つ規定であり、日本の国旗が損壊されても外交上の問題にはなり得ないとする言説があります。そんなことはありません。仮に、特定の国籍の者が集団で日の丸を引き裂き、その映像を世界へ発信するような行為が繰り返されたならば、我が国の対外関係に何らかの影響を及ぼさないとも限らないのです。
外国の国旗には敬意を払いなさい、しかし日章旗に何をされても日本だけは耐えなさい、そのような一方的な寛容を美徳と呼んではなりません。自国の尊厳を大切にできる者であってこそ、他国の尊厳にも真に敬意を払うことができるのであり、立法府として明確な規範意思を示す必要があります。
表現の自由を侵害するのではないかとの言説があります。もちろん、表現の自由は民主主義を支える極めて重要な権利であり、政府や政党、政策に反対する自由も最大限尊重されなければなりません。しかし、自由や権利は他者の自由と権利を尊重し合うことによって成り立つものであり、表現の自由もまた、国旗を大切に思う多くの国民の思いや人格的利益と調和しながら保障されるべき権利であります。
この法律自体が違憲である可能性を指摘する声もありますが、外国国章損壊罪に違憲論はなく、そうであるならば、日章旗についてのみ違憲とされることもないはずです。
とはいえ、アメリカでは、表現の自由を保障する合衆国憲法との関係で国旗保護法の適用を違憲とした連邦最高裁判所判決があります。もし、この法律が成立した暁に日本の最高裁において違憲判決が出されるようなことがあるのならば、そのときはドイツのように国旗を日本国憲法において定めることも一つの解決策となり得るでしょう。ドイツでは憲法に国旗が規定され、国旗保護は、国民感情や物の保護ではなく、国家の存立と憲法秩序を守ることとみなされるのです。
その場合であっても、当然に思想や信条、芸術や政治的言論そのものを罰する法律は許されず、罰則の対象は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為に限定されなければなりません。さらに、その判断に当たっては、行為の態様や周囲の状況など客観的事情を総合的に考慮し、憲法上の自由と権利を不当に侵害しないように配慮することが重要です。大切なのは、社会通念に照らし、独り善がりな主張ではない客観性において正当な表現と認められるかということです。
その意味において、昨年夏の参議院選挙以降、参政党の街頭演説等で掲げられてきた大きなバツ印を付けた日の丸は許されるものではありませんでした。参政党の政策に反対することは自由です。個人の政治家を批判することも自由です。それならば、堂々と言論で対抗すればよい。視覚的に意思を表したいのであれば、参政党の名称や党のシンボルを用いて表現すればよいのであります。日の丸は、参政党の象徴ではありません。特定の政治家の象徴でもありません。時の政権の象徴でも、総理大臣の象徴でもありません。日本という国家と日本国民全体を象徴する旗であります。汚された日本国旗を誇示し、我々を差別主義者と指さす者こそ、私たちの目には日本を蔑む差別主義者に見えました。
表現の自由を盾に取るたった一人のために、日の丸を大切に思う多くの国民が悲しみと憤りを胸にしまい込み、ただ耐え続けなければならない、そのような不条理をいつまでも放置することはなりません。今こそ、この法律を成立させるときなのです。
もっとも、本法律案は、参政党が当初求めた内容を全て実現したものではありませんでした。参政党は国旗損壊罪の保護法益は国家法益であるべきと考えてきましたし、本法が国旗を大切に思う国民感情を保護法益とするのであれば、損壊された日の丸を公然と誇示する行為こそ罰則の対象に含めるべきでした。
しかし、四党協議の結果、附則には施行後三年を目途とする見直し規定が盛り込まれました。損壊された国旗の公然陳列などについても検討対象とすることが明記されたことを重く受け止め、参政党は独自法案を撤回し、本法律案の共同提出者となりました。理念を曲げたのではありません。理念を実定法へと昇華させるための決断でありました。
まず、国家として、国旗を公然と著しく辱める行為は許さないという意思を明確に示す。そして、不十分な点があれば、三年後の見直しの中で更により良い制度へ発展させていく。それこそが、日本の尊厳を守る確かな一歩であると確信しております。
学校教育において、学習指導要領が自国と他国の国旗・国歌を尊重する態度を育てることを求めているにもかかわらず、今日なお国旗掲揚や国歌斉唱に係る職務命令違反による処分が皆無ではないということは恥ずべきことです。子供たちに日本だけはないがしろにされても我慢しなさいと教えるのではなく、日本も他国も共に大切にされるべきだと子供たちに伝えるためにも、この法律は必要です。
国旗を大切にすることは、戦争や軍国主義を賛美することではありません。他国を敵視することでもありません。自分を愛するからこそ他者にも優しくできるように、自国を愛するからこそ他国にも敬意を払う、自国の尊厳を守るからこそ他国の尊厳も守る、それこそが成熟した国家の姿であると日本の子供たちに伝えましょう。
国旗とは、国家の過去と現在、そして未来を結ぶ旗です。先人から受け継いだ形見であり、子孫へ託すたすきでもあります。
白地に赤く日の丸染めて、青空高く日の丸揚げて。この美しい日本の旗を、胸を張って次の世代へ受け渡そうではありませんか。
以上、参政党を代表して、本法律案に賛成することを改めて表明し、討論を終わります。
ありがとうございました。(拍手)
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関口昌一議長
これにて討論は終局いたしました。
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22
関口昌一議長
これより採決をいたします。
本案の賛否について、投票ボタンをお押し願います。
〔投票開始〕
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23
関口昌一議長
間もなく投票を終了いたします。──これにて投票を終了いたします。
〔投票終了〕
この発言のページ