有村治子 (自由民主党)

2026年4月24日・第221回国会 参議院 本会議 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 12 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 47 発言)

自由民主党の有村治子です。

本日、参議院の院議をもって永年在職議員表彰を賜り、大変光栄に存じます。

関口昌一議長の下、先ほど温かい御祝辞をくださいました水岡俊一立憲民主・無所属議員会長を始め、皆様の温かい友情と御厚情に感謝を申し上げます。時を同じくして表彰されました、初当選同期の松山政司参議院自民党会長、宮沢洋一先生、小池晃先生、誠におめでとうございます。

有村君、自由民主党の議会人になった以上は、自民党を支持してくださる方々はもちろんのこと、野党を支持され我が方に厳しく牙を向けられる人々も、無党派の皆さんも、まだ投票権を持たない赤ちゃんも含めて、一億二千万余の日本国民みんなに仕える矜持を持って事に当たろうじゃないか。これが自民党の誇りであり、使命だよ。平成十三年初当選のときに、後に衆議院議長となられる大島理森先生からいただいた言葉です。

この心構えによって、たとえ主義主張が対立することがあっても、敬意を持って人と接することの重要性を教えていただきました。大臣時代、野党からの厳しい論戦に窮しましたが、この方もまた、私がお仕えすべき大事な日本国民なんだと思うと、不思議と冷静さを保てる場合もありました。

三十歳で初めて参議院選挙に立候補した私にとりまして、残酷区と言われる全国区、四十七都道府県全てを選挙区とし、自らの名前を書いていただかなければならない選挙の破壊力はすさまじいものがあり、とてつもない重圧でした。しかし、あの苦しい選挙で当選を果たし、民意を背負って議場に臨むがゆえに、国会質問において、総理大臣を始めとする閣僚の見解をただし、重要な答弁を引き出し、議事録に残し、共に政策を深化できる権限が与えられます。

全国区選出の議会人は、日本全体にとって良いことを提案し、具体化していかなければ存在意義がありません。ゆえに、国政を実際に動かす国会質問を意識してまいりました。

戦中戦後も厳しい道のりをたどった沖縄に思いをはせ、国民的悲願を実現した沖縄本土復帰の歴史を日本全域で記憶にとどめるため、沖縄復帰五十周年記念式典を政府主催で開催することをまさにこの参議院本会議場で提案をし、天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで式典が実現をしたこと、また、我が国の島の数が六千八百五十二と公表されていたものの、実は日本には一万四千百二十五もの島々があること、北方領土についての教科書記述の是正、ばらばらだった歯舞諸島と歯舞群島の地名が一本化して、全ての地図表記が歯舞群島に更新されたことなど、いずれも国会質問によって国政が着実に前に進み得ることを目の当たりにし、やりがいを感じてまいりました。

しっかりとした国家観と地に足の着いた生活感を併せ持って、命の重みと地域や家族のきずな、国家の尊厳を守ることを初当選以来行動指針にしてきた私は、明確な国家観と堅実な生活感の双方を大事にしています。

私は、現職中に出産した戦後四人目の女性議員となりましたが、本日、正直に申し上げることが許されるのであれば、当落線上の選挙を抱える議会人として、子供を授かること、妊娠を継続すること、睡眠と体力が削られる夜中の授乳や子育てをしながら全国を歩く仕事は、常にジェットコースターのようでした。でも、だからこそ、マタニティマークを全国に広げるなど、命を育む親としての経験や視点を国政に生かしていくことも私の大事な価値観であり続けます。

十二年前、安倍内閣で初代女性活躍担当大臣を拝命し、女性活躍推進法が成立をしました。伊藤博文公が初代内閣総理大臣に就任された明治十八年、一八八五年から百四十年の年月がたち、ちょうど半年前に初めて女性の内閣総理大臣が誕生するという我が国の新たな歴史に立ち会えたことは幸いであり、現在、高市早苗総理・総裁の下、自民党総務会長の任を拝命しております。

歴史が大きく動くとき、その道は平たんではありません。誠に残念ながら、今まさに戦争や紛争が継続されている国際情勢、地殻変動が起こっているかのような内外情勢にあって、国政には、過去の延長線上にはない複眼的思考と深い洞察力、主体性と決断力が求められていると感じます。

人や組織、国家の栄枯盛衰に思いをはせるとき、ともすると私たちは晴れの祭りの日に幸せを感じがちでございますが、実は、日々の何げない、何もない日常こそがかけがえのない慈しむべき幸せそのものだと痛感するようになりました。このかけがえのない穏やかな国民生活が永続的に、一日でも長く続くよう最善の努力をすることが国家国民に仕える議会人の務めだと自らに言い聞かせます。

結びに、私と出会い、御縁を紡いでいただいて、一緒に活動し、議場で発言権を持つために私を育て、御支援くださっている全国の同志の皆様に深甚なる御礼を申し上げます。

また、この四半世紀、苦楽を共にし、私の政治活動を支えてくれた秘書陣と、その御家族の御理解にも、感謝の思いを伝えます。

車椅子にお世話になりつつ、夫婦でふるさと滋賀から今朝東京に来てくれた、今回が恐らくは結びの機会となることでありましょう九十二歳の父と母。私を産み育ててくださいまして、ありがとうございました。

全国各地に身を置いてきた二十五年間、留守の日々を守ってくれた会社員の主人と二人の子供にも、この場を借りて言葉を紡ぎます。縁あって家族となり、戦友でいてくれて、どうもありがとう。

自由民主党同志の皆様、党派を超えて共に取り組んできた与野党同僚議員の皆様、各位がそれぞれ背負い、代弁しておられる全国の主権者の皆様、本日の節目を見守っていただきましたことに心を込めて御礼を申し上げます。

有村さん、あなたが国会にいてくれて本当によかった、この言葉を最高の励みとして、今後も日本を慈しみ、誇りに思い、歩を進めたいと存じます。

本日は誠にありがとうございました。(拍手)

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