勝部賢志 (立憲民主党)

2026年6月11日・第221回国会 参議院 文教科学委員会 第10号(外部サイト、新しいタブで開きます) の 47 番目の発言(外部サイト、新しいタブで開きます)(全 119 発言)

先ほど冒頭に、政治的な教養ということについて大臣どのようにお考えかというお話をしました。私は、教育内容の中身をここで議論するつもりはないと言いましたけれど、ただ、子供たちにどういう力を付けたらいいか、教育現場がどうあるべきかということでいうと、私は、子供たちにある事象をしっかり知らしめた上で、そのことについてどう考えるかということが極めて重要だと思うんですね。

私は、高校のときの社会科の先生が、新聞に書いてある記事が全て正しいと思って読むんじゃないよと、論説があっても、どこか間違いがあるんじゃないか、おかしいんじゃないかという目を持ってこれは読んだ方がいいということを常々言われました。

先ほど言ったように、公正な批判力というのは、これは極めて重要なんですね。何でもかんでも批判をしろという意味じゃありません。でも、おかしいなと思うことがあったときに、なぜこうなっているんだろうか、これを解決するにはどうしたらいいかということを、まさにこれからの主権者である子供たちにしっかり身に付けさせるということは極めて重要なわけです。ですから、そういう意味での教育の幅を狭めるようなことをしてはいけないと思うんですね。

そして、例えば今おっしゃったように、事前の指導が不十分だったとか事後の指導が不十分だったというふうに学校も言っているということですから、そうなんでしょう。だとすれば、それに対して更に深い学習が実現するように、例えば政治的な教育も平和教育も更にしっかりやるべきだというふうに私は思うんですね。

でも、今回のこの文科省の判断が、実はそういうことをゆがめかねないというか、マイナスになりかねないというか、各現場に萎縮を生むんじゃないかと、そういう心配をするからこそ、私は今日、本当はほかの質問も多々あって、準備をされた方には大変申し訳ないんですけど、この一問で時間が来てしまいましたので、大変、何というか、残念にも思うんですが、ただ、私はすごく重要だと思ったのでこの質問をさせていただきました。

いずれにしても、子供たちにしっかりとした教育的な、ごめんなさい、政治的な教養が身に付くような、政治活動を、萎縮させることのない対応をこれからも文科省には求めていきたいということを申し上げて、私の質問を終わります。

ありがとうございました。

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